2013年02月12日

カフカの城

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(私のアパートの玄関のランプ。城にもこんなのがぶら下がっていたのではないか?)

私は若い頃、たぶん20代だと思う、カフカの城を読んだ。しかし、いまは全くその内容を覚えていない。ただ、小さな村の真ん中の小高い所に城がそびえていて、その城にたどりつくには、坂道をぐるぐる回りながら登りつめる必要がある。というイメージしか残っていない。実際に、イタリアの城も同じような形をしているところが多いので、どこかでカフカの城とイタリアの城が入れ違ってしまっているかもしれない。
そのカフカの城の芝居に息子が出るという知らせをもらった。大坂悠という本名で出ている。私はぜひ見たいと思って、帰国したかったのだが、同じ時期にフランクフルトで見本市があり、見ることができない。残念でしかたない。どなたか興味がお持ちでしたら、ぜひ見に行って、感想をお聞かせください。
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2011年04月07日

演劇の楽しみ

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だいたい私の1週間の楽しみのスケジュールはこんな風だ。月曜日の夜は、コンセルバトーレの音楽会、水曜は映画の日で、普段は7.5ユーロが5.5ユーロになるので、話題の映画を最終回、夜9時か10時半から見る。そうして、木曜日は美術館や企画展が夜10時半まで開いているので、夕方に行く。土日はどちらかが、登山ということになる。
それで、今回は劇場、テアトロが加わった。というのは、私が住んでいる近くのブエノスアイレス大通りの中ほどに、昨年から新しい劇場がオープンした。エルフォ・プッチーニ劇場Teatro Eifo Pucciniだ。この劇場は、主に現代演劇を中心に活動している。イタリアの生活の中では、演劇は特別のものではなく、音楽会と同じくらいに、普通の楽しみの一つになっている。
先日、見たのは、オスカー・ワイルド(1854-1900)の「理想の夫Ideal Husband」(1895)だった。現代演劇のなかではすでに古典になっているが、内容は現代にでも通じる。理想の夫というものは、家で家族の幸せのために働くのか、家庭をかえりみず、外で立身出世を望むのか、どちらなのか?というもので、古くて、新しい問題。
これまで私のなかの楽しみには演劇という項目は無かったのだが、これからは、これも加えることにする。
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2009年09月11日

「我、ヒットラー」の音楽劇

昨日は、夜の9時から音楽、演劇が一体となった「イオ・ヒットラーIo Hitler我、ヒットラー」がある。席の予約が必要だった。ガレリーのMITO音楽祭の予約センターまで出向いた。
その際に、地下鉄のチケットを自動販売機で1日券3ユーロを購入した。ところが、このチケット、改札に入れても不良と出る。駅員に言ったら、取り替える必要がある。ついては別の駅に行ってくれと言う。仕方無しに、ドーモに駅に行って、その窓口でお願いしたら、チケットの大きさを調べ、ニセかどうかを疑った。そして、改札まで行って不良かどうかを確認した。納得した。新しい1日券をもらうのに30分は要し、しかも氏名、住所、サインまで要求された。理解できない。

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「我、ヒットラー」の上演会場に着いた。Teatro Franco Parentiという小さな劇場だ。この音楽劇の作者はGiseppe Genna(1969-)、演出はFilippo Del Corno(1970-)の40代の若い人たちだ。音楽は、Sentieri selvaggiアンサンブルといい、弦と管の混成で総勢6名の演奏家たちだ。
この演劇、ヒトラーしか登場しない。ヒットラーが、音楽、美術を学ぶところから、1905年から、彼が、選挙に出て、総統になる1933年までの間を演じた。21幕のショート、ショートでつないでいる。はじめは、彼が、音楽、美術を学ぶことをあきらめ、絶望的になる。ウイーンに出て、悲惨な生活をおくる。オーストリアとの戦争にも行った。ミュンヘンでうまくいかなくて、スパイにもなった。そして政治的な活動に参加する。目的は、ユダヤとの戦いだった。ナショナルソーシャリスタの代表となり、1930年の選挙で多数党となる。といった流れだ。
音楽は、劇にあわせて、現代音楽が中心に演奏され、すばらしい。劇は、ヒットラーが映像と共に演じる。舞台の中央に半透明の幕に映像が映し出される。当時の写真や、抽象的な像や、主人公自身だ。この演出は、なかなかうまく出来ていた。

この演劇、ヒットラーは特別の人物ではなくて、普通の我々と同じ、人間だった。ということを表現しようとした、と作者は言う。しかし、ヒットラーが政治活動をはじめるところから、ユダヤと叫ぶごとに、この言葉がグサリと心に刺さり、観客は落ち込んだように見えた。終わって、拍手があったものの、しらけた気分は回復しなかった。やっぱりヒットラーは普通の人間ではないことが、ひしひしと感じられた。作者の意図は伝わらず、逆効果だった。

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帰り際、この劇場の片隅で、今回のMITO音楽祭の7月に配布されたプログラムがあった。表紙には、ニッポンを代表する武満徹がある。なぜ、武満が中止になったのか?説明がないのだけど、私の想像では、彼の曲は、難しくて、こちらのオーケストラでは、演奏できない、という理由で中止になったような気がする。演奏には、ニッポンの伝統音楽の経験が必要だからだ。
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2008年07月14日

ロベルト・ボッレRoberto Bolle

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今日は夕方から空模様があやしく、ロベルト・ボッレRoberto Bolleのバレー公演がドーモ広場で夜9時30分から開かれます。もちろんチケットはありません。柵の外から見るために、開演30分前に到着しましたが、すでにいっぱい、しょうがなく、脇のLEDの大画面を見ることにしました。この画面なぜか写真写りが悪いのです。

ダンサーのボッレは、1975年生まれ。11歳からミラノスカラのバレー学校に通いました。もっと前からバレーをやっていたそうで、この体はバレーで作られた肉体です。レパートリーは、クラシックのバレーが中心です。

今日の公演の舞台は、ドーモの下に作られています。あたかも舞台がドーモと一体となっているかのようです。そして、シーンごとに、ドーモの正面にもライトがあてられた演出がされていました。
公演は、彼の仲間が一緒に踊り、モダンなバレー、クラシックなバレー、ユーモアなバレー、ドラマチックなバレーなどのプログラムで、現代のバレーの世界を紹介しました。
私が気に入ったのは、ユーモアなバレーで、デュオで、女性はめがねをかけ、ハンドバッグを持って踊ります。基本はクラシックなバレーなのですが、バッグを振り回したり、倒れた相手を引きずったり、手のしぐさがバレー的ではなかったり。男性が白鳥の湖を踊るユーモアなグループは知っていますが、こんなに楽しいバレーは初めてです。拍手も多かったように思います。

バレーには、演劇やオペラのように、せりふがありません。音楽と肉体で表現します。でもさまざまな感情を表現できます。バレーでしか表現できない肉体の美もあります。写真を撮っていて気がついたのは、どの場面でも、どのシーンでも、一瞬一瞬の肉体の美的な表情の連続だということです。どの写真にも肉体の表現を見ることができました。驚くべきことです。




タグ:バレー
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2008年07月07日

パンディーノ城のアイーダ

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この時期に、夏の催し物あるいはフェスタが多く行われます。イタリアは年度の終わりでバカンスの始まりになります。新年度は9月からです。ミラノの南東約25キロくらいに、小さな街パンディーノというところのお城でジュゼッペ・ヴェルディのオペラ「アイーダ」の公演がありました。

お城Castello Visconteo a Padinoは、14世紀(1379年)の建設です。中世の終わりで、ルネッサンスの始めです。写真のように、周囲は堀があり、正面入り口には跳ね橋があります。お城は正方形の中庭があり、回廊で囲われています。回廊の壁面にはフレスコ装飾があります。

アイーダはこの中庭で行われました。楽団は、回廊の上に吹奏楽団と下の舞台脇にピアニストです。合唱団も50人くらいいます。劇場のように大掛かりに舞台装置はありませんが、ちゃんと譜面どおりに、オペラ歌手が歌います。本格的で、耳うるさいイタリア人観衆をひきつけるのには、十分な実力が要求されます。でないと、フィスキオ、口笛で一種のヤジが飛びます。つい、この前スカラ劇場で、主役に対してフィスキオが激しく飛び、主役はあくる日から役を降りてしまったのです。こんなことは日常的です。
このアイーダ、前半に、バレー、子供たちの踊りがあります。夜9時から開演ですから、もし、後半に踊りのシーンがあると、深夜になり子供は出演できません。だから、すべて、10時以前に出番が終わるようできています。ふーん、ヴェルディはこんなところまで良く考えてストーリーを作っているのですね。関心しました。

肝心のオペラはどうだったかって?わたしは3時間満足した時を過ごすことができました。夏の一夜はこんなふうに更けていったのです。




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