2012年09月06日

Such is Life!

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ブログを半年サボった。ようやくやる気になって、写真を掲載します。
今年の夏はプロヴァンスaix en provenceに行った。その帰りにニースで電車の待ち時間に街をぶらついた。海岸を散歩した時の写真だ。これが、今年の夏で一番気に入った写真ということになる。この男の背中にSuch is Life!と入れ墨がしてある。つまり、これが人生なんだ!と。よく見ると、右のベンチに旅行カバンがあって、着ていたものをたたんである。出張か何かの途中で、ニースに立ち寄り、服を脱いで、日向ぼっこをして、海岸の賑わいをボーとながめている。まさに、背中の彫り物のとおりの情景なのだ。
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2011年11月10日

息子が役者になる

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(THE HISTORY BOYSのアンコール、中央がヘクター先生)

イタリアは現政権の不信任案が可決して、ますます情勢が難しくなっている。その直前、ベルスコーニ首相は、イタリアの景気はそんなに悪くは無い。だって、レストランはお客でいつもいっぱいだから、と言う。これは、そんなにウソではない。私は、昨晩、近所のエルフォelfo劇場に行った。当日券を買おうとしたら、席は2席しか残っていなかった。劇場もいっぱいだった。
見たのは、イギリス人の劇作家Alan Bennett(1934-)が書いたThe HISTORY BOYSという劇。歴史を学ぶ少年達とでも訳するのだろうか?あるいは、少年達の歴史だろうか?ロンドンの1984年頃の高校生と教師が物語の主人公。8人の生徒が、老練のヘクター先生に英語、英文学のレッスンを受ける。しかし、その授業は毎回、いろんな演劇や映画、音楽演奏会のコントで終始する。先生と生徒は、詩、音楽、多くの引用などを楽しむ。その題材はレベルが高く、私が知っているだけでも、オーデン、TSエリオット、カフカ、ミルトン、オーウエル、オスカーワイルド、シェクスピア、パスカル、ニーチェ、プラトン、ウイットゲンシュタイン、サルトル、エディットピアフ、ラフマニノフ、ベートーベンなど多彩だ。当時の文化環境で、私が知らない作家もいっぱいだった。そんなとき、彼らの大学受験が迫ってくる。目指すのはオックスフォードかケンブリッジだ。そのことを心配した校長先生は、新しい若い歴史の先生を採用して、受験勉強に拍車をかける。結果的に、ほとんどは受験に成功し、奨学金を獲得する。でも、最後に愛するヘクター先生は交通事故で亡くなってしまうが、彼の教えは、生徒の心に残る。という心あたたまる、すばらしい演劇だった。劇のなかで、先生が生徒の一人に何になりたいのか?と聞いたらリチャード・ロジャース(1933−)の様な建築家と答えたのが、印象的だった。

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これは、私の息子、大坂 悠が役者として、劇に出るので、そのポスターを掲載する。まさか役者になるなんて、思ってもみなかった。自分の血の中にはそういう要素はみじんにも無いので、せめて私が彼の芝居を見ることがあったら、正当に評価できるように、今から勉強しておこうと思った。
「あなたに会ったことがある」は、カフカの短編から取ったものだそうだ。遠い昔、「城」や「変身」を読んだ記憶があるが、いったいどんな奇怪な内容なのか気になる。この、サイトに、公演場所や日程が出ている。
http://www.mode1989.com/
タグ:演劇
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2011年06月13日

タディーノ通り

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タディーノ通り特集の最後だけど、いったいどんな通りなのと聞かれても、正直、良くわからない。
私の知り合いが、この通りのピッザ屋に入ったら、会いたくない先生に会ってしまった、という。この人、この先生に不義理をしていたらしい。先生は、コンセルヴァトーレ、音楽学校の教授だそうで、昔からこの通りに住んでいる。タディーノ通りの住人は、かなり文化レベルが高そうだ。しかもこの通りには、労働組合の本部があって、左翼の通りかもしれない。その前の本屋さんは、その関係の本屋だったようだ。
また、中ほどにネッチューノというホテルがある。安ホテルで、一泊二人宿泊で50ユーロだ。駅にも近い。しかしなぜか一つ星だから用心した方が良い。また通りの南側にはインド食材店があって、昔からインド人がたくさん住んでいる。北の方には、最近中国人が経営するパーメネント屋やレストランもある。どちらかと言えば、昔からの下町的な裏通りともいえる。
古本屋は2,3軒あるが、写真にある趣味的な本とか、インテリ向けの難しい本が置いてあるところとか。そして、2軒の映画館は、一つは州の運営で、古い映画やフェスティヴァルを常にしていて、映画ファンには欠かせないオーベルダン劇場。もう一軒は、商業映画アルコバレーノ劇場だけど、常に選ばれた良いものがかかる?つい先日も、カンヌ映画祭で大賞を獲得した「The tree of life」を見た。ブラッドビットが主演している。ひどい映画だった。最後は拍手ではなく観客席からのブーイングで終わった。最近の映画フェスティバルの賞は信用できない。確か、この前のヴェネツィア映画祭で賞を得た「Somewhere」というコッポラの娘さんの作だが、ブーイングはなかったが、ひどかった。
というわけで、タディーノ通りは楽しみがいっぱいの裏通り、ということにしておこう。いつもお世話になっているから。
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2011年06月12日

タディーノ通りのタルコフスキー

タディーノ通りには2軒の映画館がある。一つはアルコバレーノ映画館、普段は一般の商業映画をやっていて、フェスティバルには、例えばカンヌフェスティバルには、参加映画を上映したりする。今はその時期だ。そうして、もう一軒が、タディーノ通りの一番端にあるオーベルダン劇場とその展示場だ。つい先日まで、タルコフスキー(1932-1986)の映画特集と、彼が撮ったポラロイド写真の展覧会があった。

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私は、「ソラリス」1972年と「鏡」1974年の2本を見た。前者は、すこし退屈したというか、時代のテンポについていけなかったし、むつかしく感じた。後者は、田園にある一軒の住まいで展開する、ストーリーもセリフもほとんどないけど、映像としては美しかった。家に入る光や、樹木や草をなびかせる風がとても写真になっていた。この鏡という作品のスティール写真ではなくて、たぶん撮影の前にとったポラロイド写真が残っていて、同じ建物で展覧会が行われていた。小さな写真だけど、タルコフスキーのイメージの意図が良く表れている。夕日にたたずむ女性のシルエット、木々の影、川に映る森の影と光、窓からの光にかがやく花など。タルコフスキーは物や人物ではなく光を映像に撮った。
実は、タルコフスキーの後継者ともいえるのは、アレキサンダー・スコロフAlexander Sokurov(1951-)という現代ロシアの映画監督だ。彼は、タルコフスキーの伝記を記録映像にしたり、自分でも「鏡」から多くの影響を得たと言っている。スコロフは、エルミタージ美術館をとった映画「Russian Ark」でも有名で、最近の映画では「Alexander」だ。
スコロフは、タルコフスキーと同じようにクラシックな、17世紀の風景画の光のように、かすみがかかった遠景を背景に影と照らされる部分からなるイメージが好みだ。タイトルは忘れたが、エルミタージュ美術館に所蔵されている風景画をドキュメントした映画が忘れられない。まさにノスタルジーな映像だった。
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2011年06月11日

タディーノ通りのマン・レイ

今日は、雨があがったので、夕方、郵便局で用事を済ませた帰りに、タディーノ通りを散歩した。この散歩の途中で見たものをタディーノ通りシリーズで3回掲載する。タディーノ通りは、私の家がある通りから、ブェノス・アイレス大通りの反対側にあって、その大通りに並行に走り、いわば裏道となっている。この道には、古本屋3軒、画廊が2軒、映画館も2軒、バル、レストラン、パン屋とさまざまだが、とりわけ画廊と映画館があるせいで非常に文化的な環境となっている。こんなにすばらしいアートに出会える通りは少ない。

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今日は、マルコーニギャラリーに行き、昨日からはじまったマン・レイの写真展を見た。
マン・レイ(1890−1976)は、20世紀前半に活躍した、写真の新しい試みをした写真家として知られている。この展覧会では自分の妻、ジュリエットを50枚の写真で表現した「ジュリエットの50の顔」として、1941−1955に撮影したオリジナル写真の展覧会だ。
マン・レイはソンタグの写真論のなかで、こんなことを言っている。
I photograph what I do not wish to paint and I paint what I cannot photograph.
展示された妻の写真は、絵として描きたくはなかったから、写真にとったのであろう。もと俳優だった美しい妻を、下手なデフォルメした絵で汚したくはなかった。こんなに美しいのなら写真で写し取るしかないのだ。しかし、展示された写真を見ると、線で輪郭をとってあったり、影をつけたりしてあるのがわかる。写真は線で表現できないからか。また白いヌードには、色が塗られている。まだ、カラーではなかった。影の模様も。スクリーンがかぶったシルエットも。つまり、やっぱり、美しい妻ジュリエットは写真でも少し物足りなく、絵の様に手を加えたということか。マン・レイという写真家は、写真と絵の間を行ったり来たりして、悩みぬいたことが彼の作品となっているようだ。

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妻の写真と一緒に、彼が使っていたカメラが展示されていた。私は詳細にカメラとレンズを観察した。カメラはドレスデンのHUTTIG A.G.という当時すでにカメラメーカーの最大手のもので、1907年型で見たところ4×5インチのように見える。ほとんど現代の大型カメラと同じ機能をもち、上下左右のあおりができる。レンズはDALLMEYER STIGMATIC f6で焦点距離190mm、で1910年頃のものらしい。画角は30度で、35oカメラの80ミリレンズに相当するようだ。現在のポートレイト用レンズで、見た目とほぼ同じに映る。撮られた写真をみても、そのような感じの写真となっている。実は、私が使用しているレンズと同じ画角だ。だったら、マン・レイ並みの写真が撮れてもよさそうなものだけれど。
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