2011年10月21日

甘口イタリア暮らし

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昨日のイタリア暮らしは、少し辛口だった。だったら、甘口、イタリア暮らしを書いてみよう。結局は、辛口と甘口を足してみると、どんな味になるのだろうか?甘辛いか?ワインだって、複雑な味の方が上等とされるではないか。
写真は、昨日と同じく、コピー屋さんのギャラリーで、楽しんでいるイタリア人。こんな笑顔で毎日暮らせたら、幸せだ。

その一、食べもの
イタリアの生活で、一番に楽しいことは、食べ物だ。この話は尽きないのだけれど、私の暮らしのなかでも比重は大きい。はじめに、一体どこで食料を仕入れているか?それは、スーパーと市場だ。スーパーには、いろんな人が買い物に来ている。私の前に、すべての果物に触ってから選んでいるおばさんが居た。その時は桃だった。このスーパーでは、野菜や果物は、必要な分だけお客が選んで、ビニール袋に入れて、自分で重さを量って、出てきたシールを袋に貼って、レジで支払う。この、おばさん、熟れ具合を手の感触で確認していた。もちろんビニールの手袋をして。賢い。私は勉強になると思い、後をつけた。今度は、サラダ菜のような野菜を手に取り、外側のしおれた部分を、取ってゴミ箱に入れるではないか。えらい、これこそ、主婦の鏡。それ以後、私は、このおばさんの買い方に習って、果物や野菜を買っている。毎週、土曜日の午前中には、近所の市場に行く。市場は小さなバンコと呼ばれる店が集まっている。いつも決まったおじさんから、おいしい果物や野菜を買う。しかし、このオヤジ、レジを持たず手で計算するのだが、いつも多目に間違う。あるとき、主婦のお客が、鉛筆に紙を持って、買ったものを自分で計算しているではないか?なるほど、これなら確実だ。主婦はえらい。まあ、イタリアの市場は世界一、たくさんの種類の果物や野菜が集まっている。この季節、リンゴや洋ナシなら5、6種類はある。野菜は、季節感があって、今は何が旬なのかがわかる。味も濃い。ニッポンのビニールハウスの野菜とは違う。この他、ワイン、イタリア料理、パスタ、お肉、魚と、食べ物の豊かさに驚かされる。しかし、ここで気を付けなければいけないのは、食べる楽しみは、そのまま減量の苦しみでもある。

その二、着るもの
イタリアはファッションの国だ、特にミラノはその中心地だ。着る楽しみは、誰だって同じだ。しかし、思い通りに着る物を買うことが出来ない、つまり高い。私が知る限り、ほとんどイタリア人はバーゲンセールで買っている。私もそうだ。年に2回その時期がある。夏物は7月に入って、それから夏の休暇がはじまる前だ。イタリア人のサラリーマンは年に14か月分しか給料が出ない。ボーナスは、一か月分で7月と12月だ。つまり、バーゲンセールの時期と一致している。冬のバーゲンは1月の3日前後だ。クリスマス商戦が終わってからだ。バーゲンは最初から50%とはならない。はじめは15%か20%引きで、徐々に30%、50%となる。しかし、あまり待っていると欲しい色やサイズが無くなってしまう。普段から目をつけた商品をいつ購入するかが問題だ。人気の商品は、はじめから行列で、入場制限があるほどだ。だから、バーゲンの達人にならなければ、おしゃれは出来ない。

その三、天才アーティストとの出会い
イタリア人の作家やアーティスト、デザイナーは昔から天才がたくさんいる。ニッポンでは天才は少ないけど、平均レベルは高い。イタリアは逆だ。だから、いつの時代でも天才アーティストを楽しむことが出来る。私は、カラヴァッジオが好きだ。風景画も、そして未来派も現代アートも好きだ。旅行先では美術館で、散歩道ではギャラリーやショーウインドーで、思わぬ絵に出会うことがある。そして、音楽もタダでクラシックを楽しむことが出来る。毎週、コンセルヴァトリオの演奏会場で新人の演奏会がシーズン中ある。この演奏会、タダだからといって、馬鹿にはできない。大演奏家の卵がたくさん出演する。驚くべき天才にも出会える。教会だって、オルガン演奏会も気を付けていれば行くことが出来る。風の音を心地よく聞くことが出来る。映画だって、演劇だって。アートをクラシックから最先端まで、天才アーティストに出会える楽しみがイタリアにはある。

その四、趣味仲間
最近、私の趣味に登山が加わった。このはじまりは、あるとき友人の田舎の家に何人かの人たちが集まって食事をした。その時、女性の79歳になる登山家が来ていた。山に登るには、何が必要か?と聞いた。登山靴、ジャケット、リュック、つえ、などなど。そうして、初めてスイスの山小屋に一緒に行った。はじめての山歩きはつらかった。最後は、へばって歩けなくなった。その時にサポートしてくれた友人夫妻が、それ以後も、毎週のように一緒に山に登る。私の山の師匠となった。冬には、アイゼンを付けて雪山にも登った。岩山にも行った。足の置き方から習った。私は、こんな風に、運よく仲間を作ることが出来た。イタリア人は、何事も一緒が好きだ。だから、自転車だって、写真だって、スポーツだって、何だって、趣味の仲間を探すのはそんなに難しくは無い。趣味仲間をつくれば、こんなに楽しいことはない。

その五、友達つきあい
仕事をイタリア人とするのは最悪だけれど、友達づきあいなら最高だ、とイタリア人がよく言う。協調性がなく、組織を作ることが苦手で、しかも人を信用しない。でも、利害関係がなく、おしゃべりや、一緒にご飯食べるのがイタリア人は得意だ。私の友人のおばさんは、毎晩違った人と食事をしている。土日は自宅に友人を呼んでごちそうだ。だけど、気を付けないといけないのは、彼女の友達は自分にとって友達かというと、そうでもない。電話をしても誰?とか言われてしまうことも。関係は一方的だ。でも、そんなことはどうでもよい。この写真のパーティは、街のコピー屋さんだ。自分の店でいろんな人を呼んで展覧会をする。そのオープニングパーティに行けば、いろんな人に出会える。私は、たまたまその店の前を通り過ぎて、面白そうだからのぞいたのがきっかけで、それ以後、ズート付き合いは続いている。イタリア人は誰とでも話をする。友達をつくるきっかけは、その気になれば、どこにでもある。ただ、相手に興味を持って、話しをすれば良いだけだ。
ラベル:イタリア 暮らし
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2011年10月20日

イタリア暮らし

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最近、イタリアで暮らしたい、という話を聞いた。一人は独身の女性で、そして引退をされたご夫妻だ。私も、若い頃に、イタリアに暮らしたいと思い、大学を出て、働いて、また留学生試験を受けて、ローマに行った。そして、今度は歳をとってから、5年前にこのミラノに来た。その私が、イタリアで暮らしたいという方にどんなアドバイスができるだろうかと考えた。そうして、五つのアドバイスというよりも、ニッポンとの生活の違いを思いついた。
写真は、このテーマとは関係がないけど、コピー屋さんの店舗でときどき現代アートのギャラリーを開いて、生活を楽しむことには天才的なイタリア人たちだ。

その一、言葉と楽しみ
やはり、どこの国に行っても言葉ありきだ。ビジネスだって、買い物だって、楽しみだって言葉が必要だ。たぶん普通に生活するために半年もイタリア語を勉強すれば、事足りる。「これください」、「いくらですか?」、「ありがとう」で、買い物は問題ない。だったら、それで十分か?といえば、そうでもない。日常生活のなかには、楽しみも必要だ。その楽しみは、言葉が出来るほど、幅は広がる。たとえばテレビは、料理番組、ニュースから映画、そしてクイズ番組やイタリアのテレビ局が好きな討論番組まで、言葉が理解できる順に楽しむことが出来る。逆に、言葉が分からなければ、料理番組を見て終わりとなる。映画だって、演劇だって、そしていろんな情報を知るには新聞も読めなければ、どこで何をしているのか分からない。もちろん、インターネットもあるけど、イタリア語オンリーだ。そして、最大の楽しみは、友人を作ることだ。これも言葉だ。結局、イタリア人と対等におつきあいが出来るには、5年から10年はかかってしまう。その間、常にイタリア語の勉強が常に必要になる。

その二、自己責任というリスク
例えば、イタリアの電車に乗るとき改札というのはない。勝手にチケットを購入して、普通車であれば、チケットにスタンプを駅で自分でして、乗る。降りるときは、そのチケットは必要ない。だったら、チケット無しでも乗れるのでは、と思うのは正しくない。ときどき車内で検札があって、チケットを持っていないと罰金を食らう。大体、相場は1万円程度だ。これは、電車に乗る人が、自分の責任で、チケットを払うことが前提になっている。持っていないと、罰金のリスクがある。ニッポンはそうではない、改札でチケットを要求されるから、電車に乗っている人は責任が無く、改札の駅員が責任を負っている。罰金のリスクはない。イタリアでは、全てのことが、この自己責任によって成される。戸締りだって、交通事故だって、登山でも、買い物でも、病気までも、すべて自己責任、つまり自分の責任において行われ、そのリスクも自分が負う。誰も助けてはくれない。

その三、イタリア人とは
イタリア人が居なければこのイタリアはもっと過ごしやすいのに、と言った人がいた。確かに、このイタリアで長く暮らすには、どうしてもイタリア人との付き合いが必要になる。身近には大家さんやアパートの管理人、役人だったり、郵便局員だったり。ニッポン人のように、予想通り、思った通り、すんなり行くとは限らない。大家さんからは理不尽な家賃の値上げの要求があったり、アパートの管理人からは無視されたり、役人は人によって言うことが違っていたり、郵便局員からは書類の不備で郵送できなかったり。それは多くのイタリア人が個人主義であるためだ。すべてが、自分中心、自分の意見が最優先する。ときには規則よりも彼の意見の方に比重が高いことがある。このやっかいなイタリア人とどこまでも付き合わなければいけない。

その四、重い石の街
このイタリアの街は、石で出来ている。正確には石とレンガだけれど、重い事には変わりはない。街を歩けば、石畳みだし、家の壁は厚さが50センチもあって、太陽があたらなければ、夏でもひんやりしている。重くて冷たい。何年もここで生活していると、その重さに押しつぶされそうになる。ニッポンの街はそうではない、今はコンクリートだけど昔は木と紙と土で出来た軽い住まいの集まりだ。そして、多くのみどりに囲われて、やさしさがにじみ出ている。このイタリアの街は、これから冬に向かうけれど、この地中海気候のため、秋から冬は、鉛色の空が続く。その空の下で、春を迎えるまでは寒さに耐えなければいけない。ニッポンの街は、街の重さと、人の重さはバランスしているけど、イタリアの街は人の重さに比べて非常に重い。人はその重さに耐えなければいけない。

その五、住まいさがし
ローマでも、フィレンツェでも、ミラノでも、住宅難だ。簡単に住まいを探すことが出来ない。私は、現在のアパートにたどり着くまで、2年間に7,8回引っ越しをした。どの家も、何かの問題があった。窓を開けると地下鉄と車の騒音、窓を閉めるとボロクーラーの騒音で眠れなかったり、夜中に上階の老朽化した水道管が破裂して家じゅう水浸しになったり、大家さんは貸した家が心配のあまりいつも訪ねて来たり、薄い壁で隣と仕切られていたり。こんなことは賃貸アパートでは普通のことだ。イタリアの住宅は水回りがひどく、その家のかかり付けの水道屋さんがいるくらいだ。だから、数年かかって、ようやく気にいったアパートが見つかっても、キッチン、便所、シャワー、ボイラー、電気とあらゆる場所を修理しなければ住むことはできない。快適な家が無ければ、快適な生活は保障されない。
ラベル:イタリア 暮らし
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2010年07月19日

記録的な猛暑に

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このところ毎日猛暑が続いている。どのくらい暑いかって、だいたい午前中しかまともに、普通に過ごすことができない。この時間中に、頭を使ってしなければならないことをすませ、その他は、ただ暑い暑いで、なにもすることができない。午後2時ころから夕方の7時ころまでは、太陽の光がまぶしくて、サングラスなしでは歩けない。私は、必要以外は、外出しないけど。夕方の7時頃だと何とか、夕涼みができる。夜9時頃になると暗くなりはじめ、12時頃に寝ようとしても、暑くて、寝苦しい。

今朝の新聞に、イタリア全土、ヨーロッパの気温が出ていた。最悪は、トリエステで、何と47度(体感温度)にもなる。リミニも同じ。これは、海に囲われていて、海が熱くなり、気温が下がらないためだ。ニッポンでも熊本が、そうだ。地中海は水の動きが少ないため、イタリアはヨーロッパの他の地域よりは異常に気温が高い。ロンドン19度、パリが21度、ベルリンで28度といったところ。ミラノは33度(普通の温度計温度)で、他の都市とくらべてもマシな方だ。

2003年は猛暑で、たくさんの老人が亡くなった。今年はどうだろうか?まだ夏が終わっていないから、どれほどの記録的な猛暑の年になるかどうか分らない。が、2003年の記録に迫るのは確かだ。これも地球温暖化の現象なのだろうか?新聞によると、今週の金曜日から少し天候が変わると言っている。あと5日間、猛暑に耐えなければいけない。
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2010年06月07日

ハンガリー危機とPIGS

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今朝、円・ユーロ相場を見たら、1ユーロが108円になっていた。先週の金曜日から一気に100円台に突入した。実は、私はニッポンで生産した工業製品をイタリアに輸出する計画がある。これだと相当に、不利になる。このユーロ安がいつまで続くか気がかりだ。
気持ちとして、写真のように、新しい、怪しい雲が太陽の光をさえぎろうとしている。この先、ヨーロッパに晴れ間が見えるのはいつになるのだろうか?

このユーロが下がった背景に、ハンガリーの経済危機がある。ギリシャ危機と状況が似ていて、前政権がデータの改ざんをしていたというもの。24時間太陽新聞Il Sole 24Oreの6月6日(日曜)によれば、ハンガリーの債務はギリシャの半分以下で、失業率は11.8%で、GDP(Pil)はマイナス6.3となっていて、経済指標はよくわからないが、まあ、ギリシャの半分か3分の1程度の規模。ハンガリーはEU圏に加入しているが、通過はそれまでのフロイントfrointでユーロではない。ギリシャの通貨はユーロとなっている。
同新聞には、ソニーはハンガリーにある工場が撤退をするというニュースが報じられている。月の労働者の平均給与が400ユーロ程度だそうだ。たぶん、イタリアの給与水準の半分か3分の1だ。
イタリアの銀行はこのハンガリー危機の影響はない。なんの危険も無い。と、イタリア銀行総裁はインタビューに答えて、笑顔の写真が掲載されている。でも、その記事の下に、イタリアはハンガリーに250億ユーロの輸出を年間しており、ドイツの300億、オーストリアの370億と並んで、少ない金額ではない。直接的な影響はなくても、ユーロの価値が下がり、株価が暴落すれば、大変なマイナスになるのは、素人でもわかるのに。最近、イタリアの新聞はかなり言論の統制が行われている。イタリアの実情が分らなくなるほど、粉飾された記事が目立つ。ユーロッパに関しては、イギリスの情報の方が信頼できる。と私は思っている。

ところで、今回のハンガリーの経済危機は、予想外のことだった。これまで、PIGSあるいはPIIGSと呼ばれている危ないグループがある。Pはポルトガル、Iはアイルランド、Gはギリシャ、Sはスペインだ。そしてPIIGSの二つ目のIはイタリアなのだ。EU圏で、いずれ破産するだろう国で、ピッグス、つまり豚野郎だ。この言い方は英語圏の新聞にはよく登場する。イタリアは仲間入りするか、しないか境目といったところ。
今回のハンガリー危機は、その中には行っていなかった予想外のことだ。ひょっとすると、他のEU周辺の国が、また、破綻の可能性があるのか?だとすると、当分はユーロが回復する可能性は少ないといえよう。
でも、ニッポン人旅行者には願ってもないことだけど。1ユーロ100円の楽しみが増える。
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2010年05月31日

やりくりとカットに苦しむイタリア

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この写真は、数日前に家から撮った。黒いのは煙ではなくて、暗雲なのだ。まさに、これから嵐がくるのか?それとも、すぐに過ぎ去って、また太陽がでてくるのか?まさに、イタリアの将来を占っているようだ。

今年に入ってから、ユーロッパ経済は危機に瀕している。ギリシャの破綻、破産がきっかけとなっている。私は、経済は全くの素人。それでも、この経済を無視してイタリアの現在や将来を考えることは出来ない。だから、あえて記録の意味もあって、記してみたい。
2週間ほど前に、ユーロが暴落した。ドイツをはじめとする各国がギリシャ支援を語っているが、どうもその効果が薄いと見られている。結果、ユーロが下落した。そして、イタリア国内は経済的な破綻が言われはじめた。新聞紙上には、manovraとtaglioの言葉がおどっている。前者は経済的な操作、つまり「やりくり」、後者は「カット」である。予算のやりくりとカットで、税金を上げないで、切り抜けようとしている。もちろん、税金をもし上げると、ストライキとなり、現政府は退陣というストーリーが、誰でも想像できるからだ。

では、やりくりとカットで、いったいどうなるのか?新聞紙上には、いろんな話しが出ている(この頃は、新聞が面白くて、ときには2紙を買ったりしている)。例えば、公務員については、この3年間で530ユーロの賃金カット。税金をきっちり取るために、現金ではなくて、記録が残る小切手などを使うことを義務付ける。不動産の売買などで税金を取る。そして、年金の開始を数ヶ月遅らせる。現在は35年間が年金取得に必要だけど(ニッポンは25年)、それが40年になる(フランスなどは、41年間を検討しているらしい)。開始最少年齢を57歳とする。将来は65歳となる。こうなると、若い人たちは働く意欲がなくなるのではないか?25歳からだと65歳まで働き続けなければ年金がもらえない。
そして国にお金がなければ、州や市に予算が回ってこない。2011年は、州が4.0%カット、市が1.5%カット、2012年は、州が4.5%、市は2.5%カットとなる。2015年のミラノで開かれる世界博覧会も、予算カットされる。高速鉄道も延長が難しそうだ。なにから何まで厳しい状態だ。

いったいこうなったのは何が原因と考えられているか?二つ、大きな問題がある。EU圏は常に拡大してきた、周辺の経済的に弱小の東欧やギリシャ、ポルトガル、アイスランドなどを取りくみ、結果として、ユーロの弱体化が進んだ。どんなにドイツ、フランスががんばっても、全体をカバーすることはできない。
もう一つは、中国、インド、そして最近ではブラジル、ロシアなどの攻勢で、ヨーロッパの競争力が、落ちていることだ。イタリアも輸出が伸びていない。
二つとも、簡単には解消できる可能性はない。

といったところで、イタリア国内も当面はカット、カットで厳しく、それでなくても、公共サービス(学校、裁判所、病院、大学等)がすでに破綻状態にあるため、この先一体何が起きるか分らない。ユーロの価値もヨーロッパ経済の弱体が暴露されてしまった現在、そう簡単に元にはもどらない様だ。何から何までお先真っ暗。当面、雲行きに注目したい。
posted by perabita at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする