2012年01月28日

衝撃的なセザンヌ

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昨日、行こう行こうと思っていたセザンヌ展を見た。セザンヌ(1839-1906)は、これまで雑誌や本で知っていたが、このようにまとめてみたのははじめてだ。まあ、そうだろうな、と思っていたのだが、実際に見た感想は違っていた。衝撃的であった。どの絵も、セザンヌは何を思って描いたのか考えさせられる。木曜の夜だったので、ボランティアの解説者が次から次に説明をしていた。しかし、どの解説も表面的で、この絵は、水平と垂直で構成されています、というウソを語っていた。よく見ると、額の水平に対して、絵の水平線は、傾斜している。確かにまっすぐな直線であるけれど、手持ちで撮った写真のように、全体に歪んでいるのである。
この絵も静物で、本来なら、青いビンは垂直に、まっすぐ立っていなければおかしい。しかし、重力の法則に反して、歪んで立っているのだ。セザンヌは、自然は円筒や、球でできている、と言ったのだけど、それは、自然のものが円筒や球だと言ったのではない。たぶん、自然を構成している空間が円筒や球なのだ。そういう関係を保っているということだ。だから、この青いビンだって、地球の中心に向かって立っているか、あるいは球の幾何学に従っている。セザンヌの絵がすべてこのような観点で描かれていることを知った。それは、私には大きな衝撃だった。

ブログの更新がままならない。それは、しなければならない仕事だけではなく、写真がうまく撮れないことも理由のひとつだ。このまま自然消滅して良いかとも思っているが、できるだけムリな努力をしないで続けていく。

ラベル:セザンヌ
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2012年01月06日

リージェント公園でジョギング

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(1833年のリージェント公園)

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今度のロンドン滞在の目的の一つが、リージェント公園Regent’s Parkでジョギングをすることだった。一体いつから人はジョギングをしなければいけなかったのか?たぶん、オフィスでの仕事が大半になったのと、車が普及して歩かなくなったからだ。だからどうしても、走ることで、2足歩行を完全なものにする必要があった。私は、登山をするということから足の筋肉の増強と体重の減少のためという理由からだ。でも、山の急斜面を歩いていて、つくづく人は2足で立っていられることが、どんなに大変なことで、もしも間違ってころんでしまうと、そのまま人生が終わりになる、という危険を常に感じる。だから、2本足でしっかり立っていられるように、がんばって走る。
このリージェントパークは17世紀から狩りの公園としてあった。それが19世紀になって一般に公開されるようになった。この地図は、1833年のものだそうだが、現在とほとんど変わっていない。当時から動物園があったり、池があったりだ。その中をほぼ1時間かけて毎日走った。動物園は10時オープンで子供づれの家族が並ぶ。池には白鳥やら水鳥でにぎわっている。1867年の1月15日に、この池に氷が張り、大勢の人が氷の上にのったため、200人の人が池に落ちて40人が溺れて亡くなった、そうだ。だから、いまでもこの池のまわりには、50メーターおきに救命用の浮き輪が置かれている。溺れた人が居たらすぐに投げ込むようになっているのは、そんなことがあったからだと、後から分かった。
この公園から南にまっすぐ伸びる大通りがある。ポーランド通りだ。その途中にRIBAというイギリス建築家協会とでもいう由緒あるところだ。その前に人が座って、隣の看板には中国が人々を虐待しているという。その人が向かい合っているのは、通りの反対側に中国大使館があるからだ。毎日、座っている人が違う、交代で来ているようだ。どうも、宗教団体の人たちの様だった。ニッポンだったら即刻退去だろうが、さすがイギリス、人権は尊重している。
posted by perabita at 08:35| Comment(2) | TrackBack(0) | ロンドン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

サービスとは何か?

なぜこの時期にロンドンに行こうと思ったか。それは、ミラノのクリスマスの静けさと、大晦日の賑わいが、何となく好きになれなかったためで、だったら、ロンドンで一人、好きなことをして、ボーとしていたかったから。チケットは11月にすでに購入してあった。
その飛行機はイージージェットと言って、ヨーロッパ内で格安で、合理的な考えのサービスをしている。例えば、手荷物とスーツケースは、ある人だけが料金を払う。機内で飲み物や食べ物を欲しいい人はお金をその都度払っていただく。これは良かった。
しかし、ロンドンに着いて、いきなり、48人分の荷物はミラノに残してきた。この荷物は本日夜に到着します。というアナウンス。そんなバカな。しかし、良く考えてみると、この飛行機、満席だった。そして飛行機は小中型機で、通路を挟んで3席+3席だ。想像するのに、この48人分の荷物は置き忘れたのではなく、置いてきたのだ。満席だと、重量的に満杯で、荷物を乗せたくても、乗せられず、乗せると重すぎて飛び立てない。あるいは、荷物のスペースが無かったからだ。だったら、機内できちんと説明が欲しかった。それが到着して、荷物のベルトコンベアーのところで、そう言うのだから困ったものだ。
その後のロストバゲージの対応はそれほど良くはなかった。結局、翌日の夜9時半過ぎにホテルに到着した。心配で、ホテルの人に飛行機会社に電話してもらったが、受付の人はラビッシュ(ごみ)ピープルrubbish peopleだ、と言っていた。この会社のサービスの切り売りは良いと思う。必要でない人にとっては必要でないサービスは意味が無いからだ。しかし、必要な時に、必要なサービスは欲しい。おかげで、着替えは無く、歯ブラシはスーパーで買う羽目になった。なのに、一言のあやまりも無い。

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(テーブルにはいつも果物が、チュパチュパのあめも)

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(部屋からの眺め。小さなオフィスで年末の仕事をする人)

泊まったのは、実はホテルではない。サービスアパートと言うもので、3フロアーに12室で、フロアーごとにシャワー、便所、洗面がセットで2室あり、共同使用になっている。最上階には、共同のキッチンと食堂テーブルとソファーがあり、いつでも食事を作ることが出来、冷蔵庫には朝食用の、スライス肉、ハム、ソーセージ、玉子、ミルク、ジュースなどが用意され、テーブルにはバナナとリンゴが用意されていた。その他洗濯機も用意され長期滞在も可能となっている。共同の食器や調理器具は常に清潔に洗われ、その気配りが気に入った。部屋には、生活に必要な最小限のものが用意され、TVや机、アイロン、ドライヤーもある。インターネットも完備。だれもが欲しいというものがある。掃除、食糧補給、毎日替えるタオルなど、の気配りがまさにサービスなのだ。どんなに高級ホテルに泊まっても、笑顔で「おはよー」と言ってくれる気持ちやすさには出会えないだろう。ここで、サービスとは何か?の答えを得たような気がする。サービスは、あらかじめ想定される必要最小限の要求を満たしていることだ。不足しても過剰であってもいけない。
ただ、最大の欠点は、防音設備が行き届いていなくて、出入りのカギを開ける音や隣のTVの音、階段を登る音が安らぎの妨げになった。どうすれば良いかのアドバイスをしてくるのを忘れた。このサービスアパートは、London Serviced Aparthotel 68 Charlotte StreetでBooking.comで容易に探せる。
ラベル:サービス
posted by perabita at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ロンドン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする