2011年11月28日

洗濯ハサミの景色

fora1.jpg

fora2.jpg

fora3.jpg

fora4.jpg

fora5.jpg
(本当は、この写真だけをアップしたかっただけれど、どうもいっぱい載せてしまった。この夏ににぎやかだったろうこのフォロというアルプスの山小屋、に午前中登り、食事をして、ひなたぼっこを楽しんだ。なんだかこの洗濯バサミが夏のなごりを語っているようだった。)

fora6.jpg

fora7.jpg
ラベル:洗濯ハサミ
posted by perabita at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

ラムスのデザインとドイツのデザイン賞

rams1.jpg
(Less and More The Design Ethos of Dieter Rams)

最近、ディター・ラムスDieter Rams(1932-)というデザイナーの展覧会のカタログ「Less and More」を入手した。この本は何と800ページもあって、ほとんどラムスの作品集といって良いほどだ。このラムスは、ドイツ生まれで、電気製品で有名なブラウンに1961年から1997年まで、全製品の半分くらいをデザインしていたという。そういえば私が昔使っていた電気ヒゲそりも彼のデザインによるものだったことが、わかった。いわば、ドイツデザインを作り上げた人だ。ドイツデザインは、建築の分野では、20世紀の前半は時代の最先端を行っていた。ベーレンス、バウハウスのグロピウス、ルドルフ・スタイナー、リートフェルト、マルセル・ブロイラー、ミース・ファンデル・ローエなど、近代建築史の先駆者たちだ。その流れも、当然このラムスに引き継がれている。彼のデザインの対象は建築ではなく、小さな電気製品で、当時、世に出はじめた、ラジオ、ステレオ、レコードプレイヤーなどだ。どのプロダクトも、つまみや表示がシンプルにクリーンにデザインされている。プッシュボタンも押す機能が見てわかり、まわすつまみとの区別もされている。多くは円を多用し、コーナーもRがついていて、現代のiフォンのデザインまで、そのセンスがつながっているようでもある。
このラムスのグッドデザインのポリシーは10ヵ条あって、非常に興味深い。
Ten Principles of Good Design
1. Good design is innovative. グッドデザインは革新的、発明的。
2. Good design makes a product useful.グッドデザインは実用的。
3. Good design is aesthetic.グッドデザインは美的。
4. Good design helps to understand a product.グッドデザインは説明なしで理解できる。
5. Good design is unobtrusive.グッドデザインは目立たない。
6. Good design is honest.グッドデザインは正直。
7. Good design is durable.グッドデザインは耐久性がある。
8. Good design is consequent to the last detail.グッドデザインは最後のデティールまで一貫している。
9. Good design is concerned with environment.グッドデザインは環境に配慮している。
10. Good design is as little design as possible.グッドデザインは可能な限りシンプル・
Back to purity, back to simplicity! バックはクリアーでシンプル!

これらのデザインポリシーは、非常に機能主義的である。つまりそれは、ドイツデザインの本流となるもので、「機能的なものは美しい」、という大前提がある。とくに、1,2,3はまさに、機能主義そのものだ。そして、この本のタイトル、Less and MoreはミースもLess is moreをもじったもので、シンプルと豊かさ、と訳すべきか。ラムスのポリシーは、Less but betterとなっている。これは、シンプルだけどより優れたもの、ということ。この機能主義に加えて、4から10までは、ミースのLess is moreに触発されたものと考えられる。今でいうミニマリズムとは違って、当時の全盛だった、モダニズムそのものだ。ドイツデザインがまさにモダニズムの先頭を切っていた時代のポリシーがそのまま、ラムスのグッドデザインの考え方に生かされている。また、ラムスは、形態と内容の関係について追及し、内部と外部の調和に配慮した。これは、非常に古典的なモダニズムの考え方で、ドイツ的と言える。グッドデザインは正直だ、というのに該当している。また、デティールは、単なるデティールではない。このデティールがプロダクトに命を吹き込む。それは、ミースの建築と同じだ。そして、非常に良いことを言っている。To design is to think、デザインすることは考えることだ。まさにそうだ。

これまで進めてきたプロジェクトで、私たちの製品は大手シンク会社から2011年の新製品として発売にこぎつけることができた。その製品を、Red Dot Product Design Award 2012の応募することが決まった。このデザイン賞は、1954年からはじまったドイツのデザインコンクルーだ。驚いたことに、そのデザイン賞の審査基準が、ほとんどこのラムスの10ヵ条と同じではないか。革新、発明の度合い、機能性、人間工学、説明性、形態の質、エコロジー、耐久性、シンボリックで感性的、製品の周辺、となっている。当然、ドイツのデザイン賞だから、ドイツのデザインの流れをくんでいる。そして、ラムスのブラウンのデザインがドイツを代表するデザインだから、ラムスのデザインポリシーがそのまま受け継がれるのは、ある意味で当たり前のことなのだ。
ラベル:ラムス Dieter Rams
posted by perabita at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

息子が役者になる

bennett1.jpg
(THE HISTORY BOYSのアンコール、中央がヘクター先生)

イタリアは現政権の不信任案が可決して、ますます情勢が難しくなっている。その直前、ベルスコーニ首相は、イタリアの景気はそんなに悪くは無い。だって、レストランはお客でいつもいっぱいだから、と言う。これは、そんなにウソではない。私は、昨晩、近所のエルフォelfo劇場に行った。当日券を買おうとしたら、席は2席しか残っていなかった。劇場もいっぱいだった。
見たのは、イギリス人の劇作家Alan Bennett(1934-)が書いたThe HISTORY BOYSという劇。歴史を学ぶ少年達とでも訳するのだろうか?あるいは、少年達の歴史だろうか?ロンドンの1984年頃の高校生と教師が物語の主人公。8人の生徒が、老練のヘクター先生に英語、英文学のレッスンを受ける。しかし、その授業は毎回、いろんな演劇や映画、音楽演奏会のコントで終始する。先生と生徒は、詩、音楽、多くの引用などを楽しむ。その題材はレベルが高く、私が知っているだけでも、オーデン、TSエリオット、カフカ、ミルトン、オーウエル、オスカーワイルド、シェクスピア、パスカル、ニーチェ、プラトン、ウイットゲンシュタイン、サルトル、エディットピアフ、ラフマニノフ、ベートーベンなど多彩だ。当時の文化環境で、私が知らない作家もいっぱいだった。そんなとき、彼らの大学受験が迫ってくる。目指すのはオックスフォードかケンブリッジだ。そのことを心配した校長先生は、新しい若い歴史の先生を採用して、受験勉強に拍車をかける。結果的に、ほとんどは受験に成功し、奨学金を獲得する。でも、最後に愛するヘクター先生は交通事故で亡くなってしまうが、彼の教えは、生徒の心に残る。という心あたたまる、すばらしい演劇だった。劇のなかで、先生が生徒の一人に何になりたいのか?と聞いたらリチャード・ロジャース(1933−)の様な建築家と答えたのが、印象的だった。

bennett2.jpg

これは、私の息子、大坂 悠が役者として、劇に出るので、そのポスターを掲載する。まさか役者になるなんて、思ってもみなかった。自分の血の中にはそういう要素はみじんにも無いので、せめて私が彼の芝居を見ることがあったら、正当に評価できるように、今から勉強しておこうと思った。
「あなたに会ったことがある」は、カフカの短編から取ったものだそうだ。遠い昔、「城」や「変身」を読んだ記憶があるが、いったいどんな奇怪な内容なのか気になる。この、サイトに、公演場所や日程が出ている。
http://www.mode1989.com/
ラベル:演劇
posted by perabita at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

パリで出会ったダイアン・アーバス

パリでモネのL’ORANGERIE美術館に行ったときに、ルーブルの庭園のセンター軸の向かい側に写真、映画専門のJEU DE PAUME美術館があって何とダイアン・アーバスDiane Arbus(1923-1971)の回顧展が行われていた。来年の2月まで。私は、かなり以前からアーバスは気になる写真家で、いつかきちんと彼女の日記を読んでみたいと思っていた。私の写真のバイブルであるスーザン・ソンダークは、著書「写真論」で一章を設けて語っている。いつかは、私もアーバスについてまとめてみたいという気持ちから、この展覧会を興味深く見た。多くの写真はすでに写真集で見たことがあったが、今回は200以上の、未発表の写真も含まれている。ソンダークの記述も参考にしながら、アーバスの写真について触れておきたい。

parimuseo3.jpg
(JU DE PAUME美術館から見た景色)

アーバスの写真は、ほとんどが人物を対象に撮られていて、いわば肖像写真といえるかもしれない。でも、普通の肖像写真は有名人か、名もない人であっても正常である。しかし、アーバスの肖像写真に写っている人物は普通ではない。1960年の数年はヌーディストクラブのカップルや女性が多い。私の目からしても、これらの人物は、特殊な世界に属していることが想像できる。一般の人たちの写真も、異様な帽子をかぶった婦人や、明らかにホモの人たち、女装趣味の人、服装が異常な人、若すぎるカップルと、アーバスの住んでいたNYにはこういう少し変わった人たちがいくらでも見つけることができた。写真展では初期から最後まで年代順に写真を見る。そうして、年代が1970年に近づくについて、アーバスは、明らかに精神が普通でない人達、精神を病んでいる人達、生まれつき病んでいる人達の写真が多くなる。初期の頃は、タイトルもていねいにつけられていた。例えば、NY20番街に住む、頭にカールを付けた若い男とか、1967年のNYで戦争賛成のデモの参加を待つストローハットの少年、といった具合だ。でも、後期になるほど、タイトルは短く、明らかに精神を病んでいる人達の写真にはタイトルが無い。
私は、この200枚写真を見て、気持ちは落ち込んでいった。アーバスの写真は決して、この人達をあわれんだり、見る人にある種の感情を強制するものではない。あくまで冷静な視点で、もう一つの世界を静かに写し取っている。ソンダグは、人類は一つではない、ことをアーバスは表現していると言う。確かに、写真家は、写真によって、新たな現実や別の世界を表現しうる。ソンダグのいうように、写真はライフルのような武器で、この危険な武器によって、思っても見ない世界を開拓することができる。
アーバスの写真の人物は、真正面にカメラに向かっている。写真を見る私と、その人物は正面に向き合って、眼が会ってしまう。別の世界の人物は私を見ている。といって良いかもしれない。普通の肖像ではない、この人達から何かオーラのようなものが出ていて、アーバスは、正面向かって、シャッターを切る。
アーバスは1971年の7月26日に自殺する。その1週間前の7月21日のアジェンダのページには、精神病院でも催し物の記事が挟まれていた。たぶん、この日もカメラを持って、出かけていったのであろう。これまで、自殺した写真家というのは居なかった。アーバスは撮る対象の世界にのめり込み、彼女自身が内面的に傷つき、その蓄積によって、死に至った。としか考えられない。写真がこれほどまでに、人生に重大に意味をもつこと自体、思ってもみないことだ。私はアーバスにはなれないけど、真の写真家アーバスに近づきたい。
posted by perabita at 07:02| Comment(2) | TrackBack(0) | パリ写真日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月05日

パリで出会ったモネ

このパリ5日間滞在は一体、何だったのか?と聞かれれば、それはクロード・モネ(Cloud Monet 1840-1926)の庭園と絵画に出会ったことかもしれない。そうして、偶然にも、ダイアン・アーバス(Dian Arbus 1923-1971)の回顧展に出会っことも私にとっては大きな収穫だった。

vernon2.jpg

vernon3.jpg

最初は、モネの庭園に行くためにVernonという街に電車で行った。ここからバスでモネの庭園があるGivernyに行く。私は、この小さなヴェルノンという街が気になった。バスからは古い街並みが垣間見えたからだ。ミロの庭園見学をはやく切り上げて、この街を散歩した。何と、ハーフティンバーという木造の街並みが残っていた。15,6世紀の街であろうか、フランボイアンのゴシック様式の教会も見た。フランスの田舎街のこじんまりとした居心地のよさも感じられた。古い街の中心には田舎の美術館があった。展示されているものは雑多で、この街の色んな時代の建物が混ざっている感じがそのまま出ているような気がした。私は、この博物館での最高のごちそうは、窓から見た景色だった。格子戸にはまっているのは、工業化されてからのガラスではなく、気泡が入り、外がゆらゆらとゆがんで見えるガラスだった。ガラスが飴のように溶けた柔らかい状態のままかたまって、板のガラスになったもので、こんな贅沢な、人の気持ちをゆったりと落ち着かせる魔法のガラスはもう探しても見けることができない。

parimuseo0.jpg

そしてパリでは、ポンピドーセンターに行ったが、入ることはなかった。このいつまでも工事中のファサードを持つかつての現代建築は、いまでも工事中の活気を保っているような気がした。そのためか、この広場では、何があるわけではないのに、若者がたむろしていた。アフリカのリズムを景気よく鳴らし、それにつられて、踊っていた。
そして、次は、モネの絵があるというので、マルモッタン美術館に行った。確かにモネのさまざまな時代の絵がコレクションされていて、モネの印象派に至るまでと、ハスの庭園を描いてからのモネの流れが良くわかった。明るい光のなかのかがやく色を描いたモネが最後は別の方向に行こうとしたときに、亡くなってしまったのが良くわかった。この美術館は、あまりにも監視人の目が厳しく、もちろん撮影禁止のため、カメラをかまえることさえできなかった。

parimuseo1.jpg

最後の日、オルセー美術館に行った。この盛りだくさんの美術館、どんなに時間があっても足りない。10年前、私は江戸東京博物館の展示の仕事をしていた。その時、鹿鳴館の模型を床の下に埋めて、上をガラスで覆って、その上を歩いて、上から鹿鳴館をのぞこうというアイディアがあった。それは、このオルセーにある展示をまねたものだった。そこで藤森教授は、オープンして間もないオルセー美術館に出向いて、その効果を確認してきた。私も、その10年後にようやくそのオルセーの展示を見た。江戸博の方が進んでいた。
オルセー美術館では、印象派に至る前段が多く、なかなか本編にたどり着けない。あと15分で閉館という、アナウンスで、最上階のルノワールとモネにたどり着いた。結局粘って30分は見た。この展示順は良くない。はじめの1階のメインに印象派を展示すべきだ。そうすれば、無駄な時間を費やさなくても良いのにと思った。
やはり、モネの最高傑作は、日傘をもって日に背を向ける女性の絵だ。これは、モネが光を描いた絵の頂点で、白く輝くハイキーな調子がとても気に入った。そして、ルノワールが描く、木漏れ日のなかの人物群は、光の効果を見せる高度なテクニックを見せていた。私は、イタリアの風景画の流れが、クラデ・ロレインからターナーに至り、風景から光を描くところまで行き。そしてこの印象派の人たちが光を描くことからスタートしたことを確認した。今年の年末には、ターナーに会うため、ロンドンに行くつもりだ。

parimuseo2.jpg

モネの壁面いっぱいの絵がオランジュリー美術館にある。曲面に展示され、天井から柔らかい間接光が届くように工夫されていた。二部屋、八枚のワイドな絵があった。モネが最後に描いた絵で、亡くなってから公開されたという。二つの部屋の絵は、1日の光と色が刻々と変わるのを表しているようだ。しかし、これらの絵には、光の輝きは少なく、落ち着いた見たままのスイレンの池を表しているようだ。私は、実際にこの庭園を見て、水に反射する青い空や緑の柳とスイレンの葉や白い花とのコントラストが面白いと思った。モネは、そのとおりの色のコントラストを描いた。それを見る方向で、見る時間で、さまざまな表情を見せる。この最後の絵は、その光景の驚きを正直に描いた。光がそれまでの絵の様に強調されていなのは、印象派の時代が終わり、別の時代がはじまっていることを暗示しているのだろうか?モネの複雑な気持ちが表れているのだろうか?
ラベル:モネ
posted by perabita at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | パリ写真日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする