2011年08月30日

アンナリーの風景画

annali1.jpg

annali2.jpg

annali3.jpg

ミラノのコピー屋さんの画廊で知り合ったアンナリー・リヴァ(1982-)さんの個展があった。彼女は、ピアチェンツィアの生まれで、住んでいるのは、その近くのカサールプステルレンゴという長い名前の街だ。展覧会が開かれているのは(9月4日まで)その街の広場にあるお城の一画だ。ミラノから1時間に1本のローカル線で着いた。
ミラノではスペースの関係から小さな絵が展示されていたが、今回は大きく、十分に満足のいくものだった。

annali4.jpg

私が気に入ったのは、この絵だ。本人いわく、甥について描いたものだという。この絵の中央には、たぶん3人の人物が描かれていて、一番左には顔の輪郭があって、眼と耳、鼻が確認できる。そして下に体があって、名前が書かれている。右二人は、輪郭がないけど、眼、口が何となくわかる。上には、家?か骨壺か?さらに上には空が?下部は暗くなっていて、右側には木の根っこが描かれている。
写真というものは、現実のものをある見方で切り取ったもので、写真家がどんな風に現実を見たかが問われるし、表現される。絵は、画家が再構成したもので、現実ではなく、思い描いたイメージが映されている。私は、アンナリーの絵は風景だと思う。どの絵も風景が描かれ、風景の中に、いろんな人物や物がシンボリックに構成されている。そして、もっと素晴らしいのはそのデテールで、模様や、影や、テクスチャーが驚異的に美しく描かれている。その中にも、水や家や木からなる風景を読み取ることができる。

annali5.jpg

annali6.jpg

annali7.jpg
ラベル:個展 風景画
posted by perabita at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・モダン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月28日

TVの不思議な戦争

libia1.jpg

libia2.jpg

libia3.jpg

6か月前からリビアの戦争に注目してきた。ヨーロッパのNATO軍は、主にフランスとイギリスが中心になり、イタリアはナポリの基地を貸しただけだった。この数日前に、反対派は、カダフィのコンパウンドとよばれている居住区を占領して、ほぼ終戦になったと思われる。この間、ずっとBBCとアルジャジーラのTV中継を見ていた。このTVと戦争の面白い関係を見ることができた。

まず、戦闘中でも何でも、反対派の人たちは、TVカメラがあると必ずVサインや戦争をしているぞ、という意思表示をする。これは、街なかで撮影をするときと変わりない。どうも、TVカメラは、そんじょそこらの武器よりは、威力があるように見えるらしい。このリビアでは携帯やインターネットは半年前から使えない。だからソーシャルネットワークはなくて、TVがその役割を果たしているようだ。昼間の戦闘が終わったら家に帰ってTV観戦をするのだろう。
カダフィの息子は実質的には軍隊の指揮をしている。その息子が反対派に逮捕されたというTV報道があった。その翌日、なんとその息子がTVインタビューに出ているではないか。政府軍の劣勢が伝えられる中、Tシャツで登場した。命をかけてまで、TV報道の間違いを言うためだった。戦争中だけど、兵士たちはTV出演中なのだ。当のカダフィもTV出演が好きだ。政府軍が優勢な数か月前は、NATO軍が爆撃を加えるたびに、私は何ともない、とPRしていた。また、カダフィの支援者も、本当は数が少なく、ほとんど支援者がいないような状態でも、TVカメラの前だけは、威勢よくカダフィーバンザイと叫び、彼の大きな写真をかざす。
TVには、現地に局の担当者が居て、戦争の情勢を生中継する。ライブだ。ところが、見えているところの情勢は、良く説明できる。ところが、トリポリ市で反対派勢力はどこまで進撃が進んでいるか?と聞かれると。ワシントンだとペンタゴンの駐在員かロンドンだと民間の軍事専門家が、こうなっている。と答える。遠くにいる方が良くわかる。たぶん、あっちこっちの放送局のライブやサテライトを分析している。
最後の結末はどうか?カダフィの住居区をくまなく調べたが、カダフィの姿は見つからなかった。別にカダフィさえ首都トリポリに居なければ、政権は崩壊したと宣言できる。このときからTVはカダフィの居場所に言及しなくなった。無関心になった。たぶん、これがカダフィにとっては最もつらい事なのであろう。そのうちに、ここに居るぞー、という意思表示があるに違いない。観戦者は落ちぶれカダフィの姿をTVで見て、これでリビアは自由になったと、思うに違いない。
posted by perabita at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月22日

なつかしのローマ

ローマの最後は、観光名所めぐり。とくに行きたいという訳ではなったが、ローマの古い街を散歩すれば、自然と観光名所を通り過ぎる。相変わらずだったが、ローマが観光地なのは、すでにルネッサンス時代からだった。すでにローマを訪れる巡礼者でにぎわっていた。だから、観光地のにぎわいは、特別な光景という訳ではない。

ricordi1.jpg

最初はパンテオン。天井に開いた丸い天窓から、夏の暑い熱線がふりそそいでいた。この穴からは雨も雪も降る、今日のような強烈な光。通り過ぎる人を舞台のスポットライトで照らしていた。パンテオンで唯一、外に向かって開いているこの窓は、古代ローマ人が、閉ざされた洞窟が外に開いている入り口と同じものだと感じたのかもしれない。この穴を通して、自然をより集中して観察するためのものだったのかもしれない。

ricordi2.jpg

そして、トレヴィの泉に。ここで、マストロヤンニと彼女の映画のシーンが撮られた。たぶん朝方で、今とは対照的に、誰も居なく、静かで、泉に流れ落ちる水の音だけだ。目をつぶって、耳をふさいでも、あのシーンを思い出すことができなかった。それほどの喧騒だった。

ricordi3.jpg

ここはスペイン階段。バロックの旋律の軽快なリズムの階段だ。季節はずれの栗売りが居た。冷凍栗か?その前を、観光客と、ものごいのババがいる。小銭をくださいという。決して恥でも何でもない。立派な職業だと思っている。プロだから、ケチ野郎とか有難うとかは決して思わないに違いない。ただ、黙って、もらったものをポケットにしまうだけだ。

ricordi4.jpg

最後はコロッセオ。この前に、たくさんグラディアトーレ、剣闘士の格好をした人たちがいる。私が、ローマに着いた日に、新聞を買ったら、彼らの取り締まりの写真が出ていた。どうも、写真を観光客と撮らせて10ユーロをせびる。ガイドのツアーが来たら、この場所は彼らの領地なので、ガイドはこの剣闘士たちが無理やりして、お金を取る。このことが目に余る行いとなり、当局、たぶんローマ市警察の取り締まりに会ったのだろう。だったら、グラディアトーレなのだから、コロッセオのなかで血の雨をふらせれば、観光客はもっとお金を奮発したに違いない。お金が欲しければ命を惜しむな。と言いたい。

ricordi5.jpg

これは、私が30年以上前に住んでいたアパートだ。一番奥。ニッポン人の絵描きと一緒に住んでいた。その後、私は帰国し、今回はじめて訪れた。場所は、昔のオリンピック競技場の近くで、バスの終点で、街のはずれだ。その建物はきれいに修理され、こぎれいになっていた。近くに住んでいるお年寄りに、ここにニッポン人の絵描きが住んでいたのを覚えていますか?と聞いたら。昔、私が若かったころだ。と言う答え。その人は、髪は白く、見るからに老人だった。それは遠い遠い昔のことだった。

ricordi6.jpg

最後は、私がローマに住んでいた頃に、一番好きだった、トラステーベレのカフェだ。ジァニコロの丘に登る道で、脇に門がある。このカフェの外の椅子に座って、夕日を浴びながらお茶を飲むことが好きだった。いまでもそのカフェはあった。しかし、夏休み中だ。その願いは次回に果たそう。
ラベル:ローマ
posted by perabita at 01:37| Comment(1) | TrackBack(0) | ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

アンジェロ橋を通り過ぎて

angelo1.jpg

ローマ観光をして、通り過ぎたのが、このアンジェロ橋だ。考えてみれば、橋の欄干にアンジェロの像をのせ、しかもそれぞれが手にいろんなものを持っている。十字架、柱、釘、木の枝、布、槍とか、それぞれはいわれがあるのだろうけど。なかなかのアイディアで、彫刻も美しい。そのアイディアはベルニーニのよるものらしい。1600年という時代だからできたことだ。現代なら、スティールか、レーザー光線で装飾することになって、その下を通り過ぎるときは、渋い表情になって、やめてほしいと、心の底で叫んだにちがいない。やっぱりローマだったら、あの時代に生まれていれば、よかったのにと思った。

angelo2.jpg

angelo3.jpg

angelo4.jpg
posted by perabita at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月19日

ムゼオからの眺め

ローマ、ナポリの美術館に行った。もちろん、所蔵している美術品はすばらしい。その時代のアートを作ってきた人たちの見方や考え方を知ることができる。時代ごとのリアリズムの表現が素晴らしかった。イタリア人の生々しい表情がそのまま大理石やフレスコやモザイクに表れている。そして、これらの美術館を訪れて、楽しいのは、窓からの眺めだ。窓からは、街の風景や、前に立つ建物や中庭が見える。展示されている古代ではなくて現代が見える。古代から見た現代が見える。

musei1.jpg

musei2.jpg

これは、Galleria Nazionale d’arte Antica(Plazzo Barberini)バルベリーニ美術館。ラファエロやカラヴァッジオに会える。

musei3.jpg

MAXXI Museo Nazionale delle Arti del XXI Secolo 21世紀美術館。
展示されているものよりも、展示場の建築を見に行く感じ。最上階にたどり着くと、窓から現代のローマが見える。

musei4.jpg

musei5.jpg

musei6.jpg

musei7.jpg

Museo Archeologio Nazionale di Napoli,ナポリ考古学博物館。ポンペイから出土した、フレスコ画、モザイコ、彫刻、パラティーノからの大理石の彫刻がある。どれも一級品だった。現代のナポリの街が見える。
posted by perabita at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする