2011年03月31日

ポンテ・ヴェッキオの眺め

すでにミラノだが、ニッポンの原発問題はそう簡単に解決しそうもなく、チェルノブイに次ぐ事故だと、こちらの新聞が報じている。心配は続いている。
そんなこととは、関係なく、フィレンツェは観光客でいっぱいだった。例によって、ポンテヴェッキオに行った。この橋は、すでに中世には木造で、15世紀頃までは、肉屋さんの店が並んでいたようだ。その後、レンガ造になり、そして、1565年に建築家のヴァサーリによって、ピッティ宮殿(住まい)からヴェッキオ宮殿(役所)まで、空中廊下が建設された。メディチ家に人々が通ったに違いない。店は、肉屋から宝石店に変わった。そして、1939年、ムッソリーニは、ファシストの友、ヒットラーが訪れる際に、この通路からアルノ川の良い景色を自慢するために、三つの窓を開けさせたという。それほど、アルノ川の景色はとびきり美しいのだ。
私も、たくさんの宝石店の窓からは、どれも素晴らしい景色が見えることに気が付いた。写真には、店の主人が新聞を読んでいたり、お客の対応をしていたり、客待ちの店員たちが、景色と一緒に見ることができた。また、ガラス越しには、橋を通り過ぎる人たちの姿も映っていた。建築や美術に造詣が深く、絵も描いたヒットラーは、もし、観光客だったら、スケッチブックを取り出して、立ち止まったにちがいなく、自分のしでかした戦争と犯罪を後悔したのかもしれない。それほど、美しい景色なのだ。

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2011年03月30日

フィレンツェの日の丸

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今日は久しぶりにフィレンツェに来ている。私にとって、この街は、ミラノとは違って、道が狭く、近代にあまり大きな動きが無かった。何か古い街のまま、現代の私たちがそこに移り住んでしまった、ようなイメージだ。だから、現代人の私にとっては、舞台のかきわりか、博物館の中にいる様で、目が慣れるまでは異様な感じがする。
そんな街に来て、タクシーに乗ってホテルに向かって、着いて、荷物を降ろして、10ユーロを出したら、運転手は、そのお金は、ニッポンのために寄付してくれという。どうしても受け取ってもらえず、何と心のやさしい人なのだ、と思った。
そうして、知り合いの彫刻家のパオロ・スタッチョリさんの展覧会(Paolo Staccioli,Museo Horne)を見て、帰り際、通りかかった、サンタ・クローチェ広場に面した建物に日の丸が掲げてあった。今や、世界中の人たちがニッポンの回復を願っている。
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2011年03月28日

マリア・カラスに出会った

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先日、例によって散歩に出てギャラリーをのぞいたら、珍しいギリシャの現代美術がてんじされていた。ジョージ・ハディミカリス(1954−)という人。作品は病院というタイトルで、病院というのは外から一歩中に踏み入れると、社会のおかしな空間がある。というもので、写真で見るように、四角の筒の端からのぞくと、病院の長ーい廊下が復元されている。人が居て、一人だったり、グループだったり、二人で語り合っていたり。実に病院の廊下は不思議な所だ。そこで、展開される病院社会が、そういえば不思議な、不思議な世界だ。

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そして土曜日、スイスアルプスのムニョーネに登った。1465mの山小屋にたどり着いた。ドイツでビールと肉で体重が増えた体には、こたえた。小屋の近くに標識があり、これから先、いろんなところに行く行先と時間が書いてある。その中にブルーの標識があって、下にその解説があった。ブルー標識はプロ用だ。氷の道もある。そして自己責任だよ。そして面白いのは、高所恐怖でめまいがする人はダメとある。そうか、実は私はその気がある。片側が断崖絶壁の細い道を歩くときは、なるべく下を見ないようにして歩いている。たぶんではなくて、確実に自分は、高所恐怖でめまいがする病気?なのだ。これを克服しないかぎり、ブルーの標識の山には登れない。まあ、それ以前に体重を減らすことが先決だけど。

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そして、今日、ナビリオの骨董市に行ったら、何とマリア・カラスのLP3枚組が9ユーロだという。箱の表紙にはカラスの若い頃の写真があった。早速、調べてみると、これは1953年の「椿姫」全曲録音で、カラス全盛期のものだ。これはたぶん1993年の復刻版だけど、どんなにお金を出しても手に入るものではない。こんな出会いがあるのだ、と思う。でも、LP再生機器は所有していないので聞くことできないが、お宝にはちがいない。
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2011年03月24日

大江健三郎の言い分

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ドイツから帰ってきて、その前から、ニッポンの大変な状態を心配していた。実際に、身近でも友人が予想される大不況にため職を失ったり、関係している会社の工場が避難区域にあって、操業が出来ないとか、ミラノの近所の郵便局に小包を送りに行ったら、ニッポンへの小包は当面受け付けません、という。
地震、津波だけでなく、原子力発電所の問題は、BBC,alziajira(カタール),DW(ドイツ)といったTVでも詳しく放送されている。昨日では、東京の水道水が汚染された、ことや2人の関係者が被ばくしたことなど、逐一報道されている。
そんな中で、私は大江健三郎がニューヨーカーに投稿した記事を読んだ。その記事は「歴史は繰り返す」(http://www.newyorker.com/talk/2011/03/28/110328ta_talk_oe)というもので、広島・長崎の原爆の教訓が少しも生かされていない、という。「原子力の危険は、地震や津波と違って、人が生み出したものであ。ニッポンは広島の悲劇から何を学んだのか?」「原子力の災害は、遠くにあるように、可能性が無いように思えるけど、よく考えると、それは常に我々とともにある。ニッポンは工業の生産の条件から、原子力エネルギーを考えるべきではない。広島の悲劇から成長のレシピを引き出すべきではない。地震や津波や他の自然の災害の様に、広島の経験を人類の記憶のなかに刻み付けるべきだ。それは、自然の災害以上にドラマチックな大惨事だ。なぜなら、それは人が作り出したものだからだ。原子炉の建設を通して繰り返される過ち、同じく人類に対する無礼は、広島の犠牲者の記憶を最悪に裏切るものである。」と、語っている。
確かに、原爆の教訓を少しも学んでいない。悲劇をすぐに忘れてしまうニッポン。時間がもとに戻って、新しくスタートもときには良いが。これに比べ、ヨーロッパは、決して歴史を忘れない。私はクリスチャンではないけれど、ミサなかでSecolo a Secolo何世紀にもわたって、と繰り返す。2千年前のキリストの教えが伝わって来たことを強調する。たとえば、日常的に「大変なこと」を言い表すのに、Sacco di Romaという。それは、ローマが1527年に略奪にあったことを、いまだに言うのだ。
今度の原発の災害も、果たして、ニッポン人が原発を必要としたのか?国民に原子炉を建設することの是が非かを問うたのか?原発の無いエネルギー政策を検討したことがあるのか?ドイツの様に、原発廃止を何故宣言することが出来ないのか?たくさん疑問がわいてくる。
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2011年03月20日

住宅展示場の夢

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フランクフルトの最終日は、住宅展示場に行った。イタリアにはそういうものは無い。ニッポンにはたくさんあるものだけど、仕事で見に行ったことはあるが、見る前にすでに疲れてしまう。このフランクフルトの郊外Eigenheimというところのものは規模が大きく、各住宅建設会社が競って住まいを建てている。それは、これから住宅を建てようと思った人たちのために、夢の見本のようなものになっている。これを見て、自分の将来のファミリーのイメージを浮かべるのだろう。だから、ドイツ人が思い描いている、住まいのイメージがここにはある。屋根は三角のとんがり屋根。居間は明るく、庭の芝生がガラス過ごしに見え、デッキには日曜にみんなで食事をするテーブルがある。寝室は柔らかい色でまとめ、朝日が指す。キッチンは小さくまとまり、設備も整っている。子ども部屋はカラフルで、小さなベッドと椅子がある。とこんな具合だ。現実的には、面積は大よそ150u前後で、価格は2500万円となる。ほとんどニッポンと変わらない。夢の見本にふりそそぐ太陽の光や、造花のチューリップや芝生の緑は、夢をいっそう演出し、あたかもそこに自分がいるような、未来の幸せな姿のイメージを容易にさせる。
タグ:住宅展示場
posted by perabita at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | フランクフルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする