2011年02月28日

映画「あなたはヴェネツィア」

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金曜日は出張でガルダ湖の近くに行った。私たちが開発した新製品は、おおむね評判が良いということを聞いて、まだ発売前なのに気分を良くした。その帰りはミラノ駅で、ぶらーとしたら、駅のなかにたぶんミラノ一大きな書店La Fertrinelliがオープンしていた。いままで使われていなかった駅のスペースを利用したもので、書店の中に1930年代の噴水があったり、ピサ、トリエステ、ボローニャなどの地図が大きく壁面に描かれていたり。これで、駅での待ち時間は問題ない。これだったら出発時刻の1時間前に来て、暇つぶしを楽しむことが出来る。
本と言えば、先日、コンパスという出版社から出ているデジタル地図というか、パソコンで山の3Dを見ることができるDVDを買った。ところが、うっかり裏の説明を見ないで買って驚いた、ウインドウズ2000、XPまでしかサポートしていない。しかも、先月入荷したものだ。Vistaも7も使えない。払い戻しを書店で言ったら、お前が悪い、返品しないという。出版元に問い合わせ中だが、返事が来ない。困った。

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土曜日は、山だ。ベルガモの谷の奥で、登った頂上付近にはスキー場がある。私たちは、アイゼンをつけて、1600メートルまで登った。周囲の山々が見える。

そして、今日は、「あなたはヴェネツィア」Sei Venezia、Mazzacurat監督(1956−)というタイトルのドキュメンタリー映画を見た。ドキュメンタリーと言っても、ヴェネツィア生まれの人が、ヴェネツィアを語るもので、なかなか良かった。老後を歴史資料の整理に情熱を注ぐ人、ヴェネツィアの古代ローマ時代を仕事の合間に探究する老人、どうも古代のヴェネツィアは、当時は水位が低く、現在は水中に陥没しているらしい。高級ホテルで働く人、ブラーノの絵描き。ドローボーだった人。両親がレストランを経営している子供など。みんなヴェネツィアの街に関わりながら、生きてきた人たちだ。私の様に、外から見るとこの街は幻というか、現実感がないけど、この街に住む彼らにとってはリアルなのだ。
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2011年02月25日

お葬式

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友人のお母さんが亡くなった。93歳だった。今日の午前11時15分からのお葬式の通知が来た。共通の通人と一緒に出席した。
場所は、ランブラーテ公園の南の端で、いつもはこの公園に自転車で行く。広大な墓地の入り口に葬式を行うチャペルがある。時間通り着いた。人々が集まっている。行く前にどんな服装が良いか聞いた。何でも良い、ただ黒っぽいもので、という答えだった。女性は、黒いベールをかぶるという。友人は薄く透けてみえるベールを持参していた。しかし、これもかぶっている人は彼女だけだった。普段着の人も多く、私はせめて地味なネクタイをしたが、男性の半部くらいで、他の人は特別な服装ではなかった。
式は、お母さんの小さな棺桶が車からチャペルに中央に運ばれた。棺桶の上には、ガーベラ、バラ、水仙と色とりどりの花で飾られていた。そして、おごそかな葬式の音楽が流れた。白い服の司祭が、聖書の一遍を朗読し、死者を旅人にたとえて、神の家に向かうというような話があった。家族は、お棺の近くに集まっていた。そして、94歳になる夫が、お葬式の挨拶をした。つえをついて、長身の細身で、しっかりとした声で、いつも友人のようだった妻、幸せだったこと、二人の子供をもうけたこと、を語り、人々にお礼を言った。そうして、ミサは続き、途中、周囲の人とも握手をした。顔見知りの人もいた。知人、友人、親戚、総勢50人くらいであろうか。40分くらいで式は終わり、お棺は先にチャペルから出た。友人とも挨拶をした。「生まれるのは簡単だけど、死ぬのは大変だ。」と語った友人は、「母の遺体は焼いて、骨にする。それは当面自宅に置いて、父が亡くなったら、彼の骨と一緒に混ぜる」、と言った。葬式は、あっけなく終わった。
写真は、葬式が終わって外に出た人達。広がる墓地。造花。
タグ:葬式
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2011年02月22日

演奏会の後は、ウインドー・ウオッチング

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昨日は月曜日、いつものサラ・プッチーニで、若い新人のコンサートに行った。バィオリンのレイラさんとピアノのクラウディオさんだ。曲目はモーツアルト、ベートーベン、ドビッシー、サンサーンで、ドビッシーが最もよかった。その音楽は、絵画の印象派的で、色とイメージが湧き上がり、音楽というよりも音で描いた絵画かもしれない。ヴァイオリンの独奏はどうしても、その楽器によって音が作られてしまう。レイラさんのヴァイオリンは、迫力は無いが、高い音域が非常に繊細で美しかった。Claude Debussy(1862-1918) Sonata Allegro vivo Intermede.

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この演奏会場まで行く途中のモンフォルテ通りには、照明やキッチンメーカーがいくつかあって、演奏会の後、夜のウインドーをのぞいた。
これはアルテミデの照明で、アクリルに色がついて、突起がいっぱいあって、影を作り、さまざまに反射する。アクリは一枚の板が自由な曲面をつくって立体となっている。

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これはフロスという照明メーカーで、ジャスパー・モリソンのデザインの照明があった。形は何ということのないレトロなものだけど、微妙な局面とやさしい色が良い。ひっくりかえって、ミカン入れになっていた。

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そしてアルクリニアというキッチンメーカー。厚い人工大理石のキッチンカウンターとテーブルが一緒になっていて、調理器具の棚、フードが中央にあるアイランドタイプのキッチンだ。非常に重量感がある。

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建築家パオロ・リザットの照明器具が展示してあったが、その下の家具が彼のデザインになるものかどうかわからない。
どの展示も今年の新作なのだろう。どのデザインにも、もうミニマリズムの片鱗を見ることが出来なかった。たぶん今年のサローネは、ミニマリズムを脱した新しいデザインの動きがあるように予想される。楽しみだ。
タグ:デザイン
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2011年02月21日

雨の日曜日

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いつもの日曜日のように、朝6時15分に起きて、山行きの準備をして、地下鉄に乗って、待ち合わせの場所に向かった。携帯が鳴る、師匠からだ、今日は朝から雨なので、山は中止、という。こういうこともある、と思って家に帰った。帰る途中、雨の空を見上げると、何と櫻がすでに咲いているではないか。小ぶりで、なんともかわいらしい。春だ。

また電話で、せっかくだから、親戚の田舎の家にお昼ご飯に呼ばれたので、一緒に行こう、ということになり、車で1時間、ピアチェンツィアの近くのチニョロポーChignolo Poという小さな街におじゃました。街の入り口にはクサーニ・ヴィスコンティの城があった。この城17,8世紀の建設だという。この時代のものは悪趣味を絵に描いたような感じなのは、見なくてもわかる。プライベートの所有で見ることは出来ないけど。ただ、城は中世からすでにあったらしい。地元の人の話だと、城には井戸があって、その井戸の内側には刀が植わっていて、処女の生贄を井戸に投げ入れた、という伝説が伝わっていると聞いた。まさに、ドラキュラの城だ。

このところ立て続けに、食事のお呼ばれで、減量がなかなか達成できない。食べることが何よりも好きで、最近、ペコリーノ羊のチーズがたいへんおいしいということに、目覚めた。サルデーニヤやローマ、その他の地方のもので、しかも熟した、1,2年寝かしたものは味が濃くて、風味があって、おいしい。もっと、探究したい。

一緒に食事した友人のお母さんが93歳で、肺が機能しなくて、他にいろんなところが悪くなっていて、大変ということを聞いた。そして、「生まれるのは簡単だけど、死ぬのは大変だ。」と友人は語った。何と、重たい言葉か、今でもそのことが心に残っている。
タグ:日曜日
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2011年02月19日

不幸でしあわせな散歩

今日は雨上がりで午後から晴れた。午前中はニッポンからの連絡やら電話やらで、昼食後は、暗くなる前に、散歩に出た。明るい間に、1週間ぶりの太陽を浴びた。もう日課になっている階段を5階分駆け降りた。ま、軽ーく、ですね。

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最初に向かったのは、いつものマルコーニ現代美術のギャラリー。アルドー・スポルディAldo Spoldi(1959-)の展覧会だ。でも良くわからなかった。絵本のようなイラストと立体があったが、何と幸せな絵なのだろうと、何も感じなかった。自分自身がしあわせだと、暗い、不幸せな、今話題の、黒い白鳥の映画かなんかがぴったりくるのであろうか?

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そういえば、明日は山のお友達の誕生日。誕生会に呼ばれているので、最近はよく利用しているエノテカに寄った。いつものコンテ・アッティミスのピノグリジォを買った。このワインは、大昔、ローマにいた頃、カニッジア先生と一緒に修復の設計のための調査に行った宮殿で作られたフリウリのワインだ。その後は、ひいきにしている。入り口の取手は、リバティー様式風だ。

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公園では、相変わらず、ボッチャをやっていた。ほとんどが引退した人たちで、まあこれが仕事だ、という感じではげんでいた。そんなに、しあわせそうに見えなかった、のが実は幸せなのではないか?公園の端に広場があって、2年位前から垂れ幕が下がっている。「市長、聞いて。約束をまもろう。」というもの。実はこの広場の下に地下駐車場を作る計画がある。そうすると、広場の大木はすべて切り取ることになる。あり得ない話だけど。

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そして、家路についた。途中、きれいな花が道に置かれ、夕日が建物の上の方を照らしていた。新聞を買って、パラパラ開いてみた。イタリアに押し寄せる難民、ベルスコーニの未成年買春スキャンダル、若者の失業まあどれもこれも暗ーい話だけど、少しも興味を引かない。ひよっとして、自分は不幸せなのか?もしれない。
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