2011年01月30日

ソーシャルネットワークが活躍した日

昨日は、友人のゾンカーダさんが誕生日というので、みんなで出かけた。パーティというよりは食事会といった感じだ。彼の娘さんのご主人は、この田舎で、釣り堀をはじめた。というので、いったいどんなものかと、興味半分に見に行った。夜だったので、写真は次回。昔からある古い池を借りて、そこに鱒を400匹放ち、釣り堀にしたもの。へえ、イタリアにもあるのだ。2時間10ユーロで、釣った魚は持ち帰ることができる。池のそばには小屋があって、中にバルがあり、1日30ユーロのコースだと、このバルでお昼を食べて、1日中魚釣りを楽しめるらしい。釣り好きには、たまらないらしい。

egitto1.jpg

egitto2.jpg

egitto3.jpg

egitto4.jpg

さて、この数日、チュニスに続いて、エジプトのカイロで反政府デモが起こっている。TVをパラボラにしたおかげで、アルジャジーラというアラブ系の放送を見ることが出来て、刻々と変わる情勢を観察した。デモにはフリーを要求する人たちがあふれ、若者、失業者、学生らしき人達だけでなく一般の人たちも多く混じっているのがわかり、ヨーロッパの単なる学生のデモではない。TVでは、最初は警官が出動していた。そしてオバマ大統領の、民衆も支持するし、ムバラク政府もしっかり対応するようにという自分都合のアメリカの立場をよく表している演説があった。それを受けて、すぐにムバラクは、政府のメンバーを変える、社会、経済の変革をします、という演説をしたが、TV解説者は、効果は無いだろうといっていた。まさに、そのとおりで、一向に暴動はおさまらない。次に制圧に軍隊が登用された。戦車が街に侵攻した。しかし、軍隊は必ずしもムバラク政府と方向が一致しているわけではなく、軍隊と人々の良い関係が、TVでも見ることができた。最後の映像は、今朝のカイロだ。戦車は、車が駐車するように街中にあり、軍は政府側なのか、デモ側なのか、どちらに動くのか、たぶん情勢待ちの様子がよくみてとれる。たぶん、現状では、政府が不利で、月曜日あたり、ムバラク退陣になり、革命が成功するような気がする。今回の一連の動きに、いわゆるソーシャルネットワークが大活躍したようだ。反政府のデモは、ブログ、ツィッター、フェイスブックの呼びかけに応じたようだ。その証拠に、ムバラク政府は国内のネットワーク、携帯電話を遮断した。しかし、隣国にアクセスすれば携帯やパソコンのネットワークは使うことが出来たらしい。天安門事件のときは、知り合いたちが中国に留学していて、この事件に遭遇し、連絡網は、FAXだけだった、ということを聞いていた。そういう意味で、今回の動きは、いかにも現代的な状況を反映していることが良く分かった。イタリアの新聞、TVでは情勢を知ることができない。すべてパラボラのおかげだ。
posted by perabita at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月29日

このごろのブレシャの街

cittabs1.jpg

出張のことをビジネストリップというらしい。そのついでにブレシャの街を散歩した。食事をして、いつもの古い中世の街区を歩いた。はじめに見かけたのがこの郵便配達の電気自動車。オートバイのメーカーのデュカーティというところで作っていて、何キロ走るのですかと聞いたら、配達夫の女性は1回のチャージで50キロよ、と答えてくれた。実は、ブレシャはたぶんイタリアで一番、何でも進んでいる。廃棄物だって、大きな焼却施設がある。他の都市ではいまだに地中にゴミを埋めているのだ。だから、郵便電気自動車だって納得できる。

cittabs2.jpg

このマンホールは、ファシズム時代のデザインだ。この時代にこの地域は下水が整備されたのがわかる。マンホールの蓋の写真を撮って有名になった林丈二さんはどうしているのだろうか。まだ、路上観察をしている?

cittabs3.jpg

cittabs4.jpg

よい落書きだ。ありがとうと言いたい。ブレシャでは移民は、イタリア語ができる必要があるらしい。ひと月後にはじめての試験が行われる。とブレシャの地方新聞が報じていた。イギリスも同じように英語とイギリス的生活ができることが条件とか聞いたことがある。確かに、この街で、イタリア人と同じように生活してほしいという願いからそんなことになったのだろうけど、はじめに言葉ありき、というのは聖書でなくても、実感できる。

cittabs5.jpg

cittabs7.jpg

cittabs6.jpg

ブレシャの街並みには、古代ローマ、中世、そしてファシズム時代と時代ごとの建物を見ることができる。この建物は、中世の塔の住まいだ。今は1階が食堂になっている。次はここで、おいしいパスタを食べよう。ふと、駅近くの食糧品店というよりもグルメの店の店頭に、こんな色とりどりなパスタが売られていた。パスタまでデザインするのは、おいしさと関係があるのか?そして、ここにあったお店は、こちらに移転しました。という手書きのお知らせ。うまいなー。普通だったら、張り紙が貼られているところだろうけど、イタリア人は、普通の人だって、ちゃんとデザインのセンスがある。
posted by perabita at 08:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月24日

スイスの山の石のベンチ

mognone2.jpg

mognone1.jpg

mognone3.jpg

mognone4.jpg

mognone5.jpg

ブログのデザインを変えた。やはり写真が小さすぎるのが気に入らなかったのが理由で、さらにシンプルデザインにすることができた。
ところで、昨日は、スイスのSementinaの小さな街の近くの山に登った。標高1463メートルにある山小屋Mognoneに向かった。山道は楽でないが、スイスでは整備が行き届いていて、階段状になっていて、比較的登りやすかった。それでも、かなり急斜面や岩場の崖を通過しなければいけないところもあった。
登りはじめのところに、石でできたベンチが崖のふちにあった。後ろには、山の水が常に流れていて、雪解けの冷たい、しかもおいしい水があった。その水の桶は、石をくりぬいた物で、なかには氷が張りついていた。このベンチからの眺めは、先ほど車で通ってきた下界の風景。谷の中央には、高速道路と鉄道と川が流れている。正面を見ると、谷の向かいに雪の山々がある。中腹にはスイスの小さな村が点在している。ベンチの右方向にはスイスらしい、風景が広がっていた。空気は冷たく音のない世界だ。周辺には小さな石積みの山小屋がいくつも見られた。もしここで生活すると、この風景と静けさと自分しかない、何をすれば良いのか、わからずに、むやみに時がすぎていく恐ろしさを感じた。
山は上に登るほど難しかった。日の当たらない北斜面は、道が氷っていた。そして落ち葉の下に氷が隠れていて、私は3回も転んだ。最初に転んだときは、木の根をつかみ、急斜面にずり落ちるのを防いだ。助けを得て何とか立ち上がり、結局あと戻りをすることになった。実は、車の中に、重いからと言って、アイゼンを置いてきたのが失敗だった。
今日の新聞に、先週の日曜日に私たちが登ったメナッジョというコモ湖畔の山で、シルビオ・ベルスコーニという、現首相と同姓同名の57歳の男性が、私と同じように、氷で足を滑らせて、30メートル滑落し、ヘリコプターを呼んで救助したが、亡くなってしまった、という記事があった。仲間が電話してきた。気を付けようね、だって。次からヘルメットをしていこうかと本気で考えている。
ラベル:登山
posted by perabita at 04:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 登山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月22日

ブラマンテありがとう

私の友人のおばさんは建築お宅だ。例えば、いつもパヴィア方面から帰るとき、丹下氏の設計になる確かBMWの事務所の前を車で通るとき、必ずといって良いほど、私はこの建物が好きだ、という。その彼女と一緒に都心に出たとき、この冬空に、アイスクリームを食べたい、どこか店は無いか、という。どの店も、それはおいていなかった。では、ついでにブラマンテを見るかという。このドーモの近くで、なんとブラマンテBramante(1444-1514)が設計した教会があった。私も、見過ごしていたので、改めて見直した。教会の名前は、Santa Maria presso San Satiro(1482-1486)教会という。ドーモからトリノ通りに出て50メートルくらい行って左側にある。靴の専門店とエナジーという若者向けのジーパン店の間にある。ただ、教会の中の正面祭壇が偽パースぺクティヴになっているのが有名らしいが、私的には悪趣味と言わざるを得ない。これはブラマンテの作ではない。

bramante1.jpg

bramante2.jpg

これは、教会の裏側で、教会の正面よりも、裏の方が造形的には美しい。そのことをブラマンテはよく知っていた。ファルコーネ通りとマッツィーニ通りに角だ。彼の修復になるサンタマリア・デレッレ・グラツィア教会も、バックの美しさを、通りから見るようにできている。写真の手前は、洗礼堂でブラマンテが修復した。下部は、円く張り出し、上部に四角、その上に八角形のドームが乗る。異なった、曲線と直方体の組み合わせは巧みだ。さらにその後ろには、教会本堂のドームと尖塔がそびえる。ブラマンテは、完全に一人での作品は無く、地味な建築家の様だけど、とても力強い造形美、建築美を見せてくれる。

bramante3.jpg

bramante5.jpg

bramante4.jpg

そして、その造形感覚は非常に現代的でもある。この教会の側面にあけられた丸い窓。普通ならこんなところには穴は開けない。壁面の丸い穴、しかも6個の大きな穴は、鉄板にプレスした様にシャープで、無機的だ。そして、この洗礼堂の建物を際立たせるためか、他の部分との縁を切っている。現代的にはアーティキュレーションと呼ぶ。つなぎ部分は、現代ならガラスが入るのだろうけど、マリアの絵があり、もう一方の側は、中世の塔に接して、隙間を作っている。もう感覚的には現代建築、コルビジェだ。

bramante6.jpg

bramante7.jpg

そして、トリノ通りの正面入り口。大通りから引っ込んで、正面がチラリと見える。この、引っ込んだ部分は、小さな教会前の広場があって、その周りの建物もブラマンテ風のスタイルでまとめてある。ブラマンテは、その時代の建築家がそうであったように、都市的な建築手法も心得ていた。それは美の都市を作り出す美の建築なのだ。ブラマンテのおかげで私に建築がよみがえる。
ラベル:ブラマンテ
posted by perabita at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築・クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

パラボラをバルコニーにつけた

tivu1.jpg

tivu2.jpg

tivu3.jpg

tivu4.jpg

tivu5.jpg

tivu6.jpgu5.jpg" />

昨年の11月末にBBCWORLDという英語ニュース番組が、イタリアのデジタル、地デジから消えた。消えた理由はわからないが、イタリアのTVは現政権のベルスコーニが牛耳っていて、気に食わないと番組にケチをつけたり、選挙前だと自分有利な番組を組む。そういうところから、消えたのかもしれない。
ではどうするか。このままだと、イタリアのニュースは聞けても、ヨーロッパや世界のニュースは無理だ。意外とイタリアは国際的ではなく、国内中心的だから。
それで、自己防衛するために、バルコニーにパラボラをセットした。デコーダーも買った。TIVUsatと言って、パラボラからもデジタル放送の電波を受けることが出来る。そこではヨーロッパのいろんな放送がタダで見える。近所の電気店から、60センチのパラボラを購入して、バルコニーに自分でつけた。ところが、方向が難しい。結局、アンテニスタ、電気屋さんではなくてアンテナ取り付け専門職人を呼んで、機械で電波の方向を決めていただいた。これで、世界のニュースが見ることが出来る。もちろん、英語学習の一環だ。
BBCWORLD おなじみで、ロンドンからで、ニュースに信頼性がある。
FRANCE24 パリからで、フランス国内ニュースも聞ける。
DW-TV ベルリンからで、ニュース以外にドキュメントも充実。
ALJAZEERA カタール、ドーハからで、アラブ世界が中心。
PRESSTV イラン、テヘランからで、アラブ版CNN。
ということで、一挙に5つのTVが来た。一番見ているのがBBCとDWで、後者はニュースばかりでなく、掘り下げた内容のものが多く、激動の世界を知ることが出来る。これでイタリアぼけが解消できるかもしれない。
posted by perabita at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする