2010年07月30日

ヴェネツィア写真展

ヴェネツィア滞在は1日だったけど、朝から夕方まで写真を撮ることができた。ブログにしては数が多いのだけれど、ブログ写真展を開く。ヴェネツィアの今をご覧ください。撮影順。

ヴェネツィアの現在は、高潮で水浸しになるのを避けるために、モーゼ計画と言って、普段は海中にあって、いざというとき、大きな板が立ち上がる装置を建設中。そして、本土から地下鉄をつくろうという話も持ち上がっている。街に住む人たちはますます少なくなって、いまでは7万人近くになってしまった。現実感の無い、観光に街になっている。

昔も今もヴェネツィアは、水に浮かんで、根のない非現実の街にちがいない。水に建物や人の姿は映るのだが、ゆらゆら揺れて、本当の姿を見ることができない。緑のあるはずの庭は、道路側からは見ることができず、露地のような運河からわずかに垣間見ることができる。いわば秘密の庭園だ。暑いためか、住む人が少なくなったせいか、人々の生活にふれることもない。建物の窓ガラスには対岸の風景や広場がうつろに見え、実物というよりイメージの街がそこにある。

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2010年07月29日

SABINA FAY BRAXTON

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クレモナの次の日はヴェネツィアに行った。この地を私は何度も訪れ、思い出の多いところだ。一行のアーティストは、朝の5時に、絵のスケッチをするために出かけた。私は、今回はできるだけ観光客の人ごみを避けたいと思い、少し中心地から離れたホテルの近くの朝日にまぶしく輝く街を、歩いた。
たくさん写真を撮った。そのなかで、SABINA FAY BRAXTONという表札が気になった。その名前が美しく響き、イギリス人だろうか、年をとってから引っ越してきた初老のご婦人のような気がする。気品のある名前だ。その表札は、真新しく、ピントを変えてみると、対岸の風景がそこに見えた。まさに、そこにヴェネツィアを見ることができた。Veneziaは見方を変えると、その底に様々な、怪しい姿が浮かんでくるような気がする。現実にはない、不思議な玉手箱なのかもしれない
posted by perabita at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

マエストロ石井高の工房

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先週の土曜日にクレモナに行った。クレモナはヴァイオリンやチェロの楽器工房がたくさんあることで知られている。私は、こんどで2回目だけれど、今度は、マエストロ・リュウタイオ、楽器つくりの名人の称号を持っておられる石井高(1943−)さんの工房を訪ねた。工房は、街はずれの住宅街のなかにあって、訪ねたのは、私だけでなく、絵を描くアーティストの一行だ。

マエストロ石井さんは「秀吉が聴いたヴァイオリン」(三信文庫)という著作があって、天正少年使節がニッポンに持ち帰った楽器で、秀吉に当時の音楽を聞かせた。その持ち帰った楽器の復元の話やストラディヴァリとその周辺の話、マエストロ石井さん自身の話など、興味ある内容だ。

工房にお訪ねして、楽器の製作のこと。楽器はドロミテのもみの木で出来ていること。手作りの大切さ。茜色の天然のニスを50回も塗る。ニカワの接着について。「耳をすませば。。。」のモデル。クレモナの楽器づくりの伝統は1747年で終わった。という、ご自身のことを交えて、お話を聴いた。マエストロ石井さんの心あたたまる人柄を感じることができた。

現在のヴィオリンは、ニコラ・アマーティ(1505−1579)が完成させ、アントニオ・ストラディヴァリ(1644説・1648説−1737)が、広めたものだという。マエストロ石井さんは、これらの楽器は完璧だという。形、板の厚さ、カーブ、ニスなど全てが完璧という。楽器作りをされているマエストロでなければ、その意味は分らないのかもしれない。マエストロ石井さんは、素材の木と話しながらその木を削り、アマーティやストラディヴァリの残した名作とも対話しながら製作技法や形を決めていく、まさにクレモナに居なければできない仕事だ。
最後に、アーティストのNさんは、チェロの弓を入手できて、かねてからの願いがかなって、うれしそうだった。
posted by perabita at 19:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

ミラノを変える巨大プロジェクト

こんなに暑いので、ジョン・キーツというイギリスの詩人を描いた映画、「ブライト・スター」を見に行った。映像は美しく、ロマンティックでもあった。映画的には、5点中3.3点の、まあ合格点だった。キーツは、病気の療養でローマに向かい、スペイン広場のアパートで亡くなっている。

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それで、その映画館は、ガリバルディ駅、コルソ10の近くにあって、周辺の景色の異変に気がついた。ポルタ・ガルバルディのネオクラシックの建物のはるか上に、巨大なモダンな建物がニョキッと、頭を出していた。これまで、ミラノの超高層化については、専門的なところで、議論されてきた。でも、その実態は、あまり知られていない。ミラノ市の2015年の万博に向けてのプロジェクトで、この際、ミラノも国際都市らしく、超高層を建てようというものだ。ではいったい、誰がこのプロジェクトを進めているのか?建築家はだれか?を知りたくなった。もちろん、開発中の土地はミラノ市の所有だから、どんな内容のプロジェクトなのか、建つのはオフィス?商業スペース?アパート?なにも市民に知らされていない。La Porta Nuovaというサイトにも、なにも書かれていない。
開発地は、ガリバルディ駅前だけど、これは広範囲な地域開発となっているようだ。コルソ・ガリバルディ(大通り)から見ると、手前に15世紀のサンタ・マリア・インコロナータがあって、ガルバルディ門がある。その後ろに、この巨大超高層?がそびえる。

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このプロジェクト、誰が?と思って、映画が終わって、立て看板を見ても、よくわからない。一種のカモフラージュで、文字は小さく、肝心の上の方は見えない。ただ、HINESというデヴェロッパーの名前が見えた。このデヴェ、世界の100くらいの都市で、総額230億ドルを投資している。そのHPでは、アメリカ、ヨーロッパが多く、中国でも活躍しているようだ。ただ、ニッポンではまだプロジェクトはない。どのプロジェクトも超高層が林立するプロジェクトで、きめ細かな、都市開発とは言えない。ミラノ市はいくら資金が無いといっても、このようなデヴェに身をゆだねる必要性があったのか?不思議だ。出来上がる都市は、少なくともイタリアの都市とは不釣合いといわざるを得ない。このプロジェクトは誰が設計をしたのかって?シーザー・ペリCesar Pelli(1977-)だそうだ。世界で活躍する、このデヴェおかかえの建築家らしいが、味も素っ気も無い、無味乾燥な、超高層ビルの設計が得意らしい。プロジェクトはデヴェのHINESに依存せざるをえない。従って、設計も、イタリアとは何の関係もないデヴェつながりの建築家が行う。こんなに優れた建築家がたくさん居るイタリアで、だれもが黙っているのはおかしい。でも工事は着々と進んでいる。
posted by perabita at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ミラノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

記録的な猛暑に

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このところ毎日猛暑が続いている。どのくらい暑いかって、だいたい午前中しかまともに、普通に過ごすことができない。この時間中に、頭を使ってしなければならないことをすませ、その他は、ただ暑い暑いで、なにもすることができない。午後2時ころから夕方の7時ころまでは、太陽の光がまぶしくて、サングラスなしでは歩けない。私は、必要以外は、外出しないけど。夕方の7時頃だと何とか、夕涼みができる。夜9時頃になると暗くなりはじめ、12時頃に寝ようとしても、暑くて、寝苦しい。

今朝の新聞に、イタリア全土、ヨーロッパの気温が出ていた。最悪は、トリエステで、何と47度(体感温度)にもなる。リミニも同じ。これは、海に囲われていて、海が熱くなり、気温が下がらないためだ。ニッポンでも熊本が、そうだ。地中海は水の動きが少ないため、イタリアはヨーロッパの他の地域よりは異常に気温が高い。ロンドン19度、パリが21度、ベルリンで28度といったところ。ミラノは33度(普通の温度計温度)で、他の都市とくらべてもマシな方だ。

2003年は猛暑で、たくさんの老人が亡くなった。今年はどうだろうか?まだ夏が終わっていないから、どれほどの記録的な猛暑の年になるかどうか分らない。が、2003年の記録に迫るのは確かだ。これも地球温暖化の現象なのだろうか?新聞によると、今週の金曜日から少し天候が変わると言っている。あと5日間、猛暑に耐えなければいけない。
posted by perabita at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする