2010年06月27日

青短黄長の交通信号

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毎週土曜日は、イタリアのどこの家族もいそがしい。普段は仕事で自由がままならない。日曜日はすべての店が休み、となると用事は土曜日に片づけるしかない。ということで、私はたまっていた用をこの土曜に一気にすることにした。郵便局、市場の買出し、書店、トイレ修理部品の買い物、散髪という感じだ。

家を出たら灼熱の太陽。サングラスがないとまともに歩けない。そして毎日一度は通る横断歩道に来た。実は、この横断歩道の信号は世界共通の赤、黄、青の三色で、つい最近、なぜか青の時間が極端に短くなり、その分、黄の時間が長くなった。毎日渡っているからその間隔がわかる。
実際どうなのか、写真でみる。最初は、赤で歩行者は青になるのを待っている。次に、青になり渡り始める。そして、渡り始めて17歩で黄色になった。道路の3分の2までしか来ていない。まさか、急いで残りを渡った。振り返ったら、男の人が、黄色信号の状態で走ってくる。いつ赤になるかわからない。ゆっくりだと、車にひき殺される。いったい、何のためにこんな状態に変更したのだろうか?車優先にするため?歩行者がゆっくりなのがいけないのか?老人や身障者は横断歩道の半分まで来ないうちに黄色になり、いつ赤になるか気が気ではない。どう考えても時代錯誤の交通信号といわざるをえない。この青の時間を短くした青短黄長の信号機は、ミラノのあっちこっちで見かけるようだ。モラッティ市長殿、これはあなたの指示による変更なのか?聞きたい。

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そして、わが家のトイレは最近水が漏れる。使用していないときでも水が少し流れるようなった。これは節水の観点からも早急に修理する必要がある。だいたいどこの家でもその家のおかかえの水道家さんがいる。私の家も、私が賃貸する前からいて、確か4年前の入居する前に同じ症状があったのでお願いした。今回は、その修理方法を見ていたので、自分でしてみることにした。ドー・イット・ユアセルフの店で、棒の先にゴムボールがついた部品と、割れてしまったパネルも一緒に購入した。こちらは、タンクが壁の中に埋まっている。フタをあけて、ゴムボールの棒を取替え。テストをして無事修理が完成した。締めて25ユーロの部品代で、水道屋さんに依頼するよりは100ユーロ節約になった。では一般の人に自分での修理をすすめるかと聞かれると、すこし難しいかもしれない。タンク内の穴の位置とか、狭いところに手を入れなければならないとか、経験が必要かもしれない。

現在自治体の事業を民間に移行させる見直しが政府によって行われている。たぶん、金がかかりすぎるためか。そのなかに水道事業を民間でやろうという検討が進んでいる。これに反対する署名運動を街頭で見かけた。確かに、どこかの会社から水を買うのは、納得できない。
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2010年06月25日

目と頭とハートで撮る写真家ジャンニ

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たぶんイタリアで最も知られた写真家のジャンニ・ベレンゴ・ガルディンGianni Berengo Gardin(1930-)の写真展があった。展覧会があったところは、Galleria Ca’ di Fra’ Via Carlo Farini,2だ。もちろん招待状があったわけではないけど、オープニングに行って、写真を見て、本人に会った。
このギャラリーは、一般のアパートの1階にあって、写真のように、三つの中庭の奥にある。入ると、まるで図書館のようにたくさんの本があって、その次に会場がある。なかなか良い雰囲気で、いかにもイタリアの画廊という感じがする。写真家のジャンニさんは、たくさんの人に囲われ楽しそうに会話をされ、ちゃんと肩にライカをかけていた。

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そして、私の手もとにこの人のDVD(fotografia italiana Gart)があったので、もう一度見て、展覧会を振り返った。私は、この人の写真は好きだし、分りやすい。今回は、1958頃に撮ったヴェネツィアがテーマで、いわば回顧展となっていて、このヴェネツィアが写真家になるきっかけとなっている。
彼は、アーティストではなく、写真家だという。写真はリアリティを写すものであって、ドキュメントであり、証言なのだ。何が、どのように起きたか、が重要だ。そして、1年に1枚は良い写真が撮れる。ジャンニさんはすでに50年写真を撮っているから、少なくとも50枚は良い写真がとれているはずだ。また、撮った写真をストックしておくことも大切だ。なぜなら、ワインと同じように、時間と共に良くなることもある、という。そして、このサンマルコ広場で雪の日に走る少女とハトが舞う写真は、40年ぶりにプリントをして大きく引き伸ばした。そして良い写真であることがわかった。また、写真は、目と頭とハートによって撮るのであって、カメラはその最後になる。さらに、いつシャッターを切るかは、その写真家の能力だ。ジャンニさんは、ドキュメンタリー作家で、どこで、いつ、何が起きたかが、写真のテーマだ。彼は女性には弱いという。好きなものは、一番ライカ、二番女性、三番アイスクリームだという。人柄が感じられる。
展覧会にあった写真で、ヴァポレットのなかの様々な人物。海岸で、会話も無く、海を見る夫婦。どの写真にも人物と背景がある。やはり、人の在り様が彼の写真のテーマとなっている。私の好きな作家だ。
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2010年06月23日

こんにちは、愉菜ちゃん

突然ですが、先日じじいになった。私の長女は、昨年の5月に結婚した。そして今年は赤ちゃんが誕生した。名前は愉菜(ゆな)ちゃん。愉快な菜っ葉という意味らしい。送られてきた写真を見ると、鼻が少し開いてだんご、目がはなれている。これは私の家族の特徴だ。そして口元がしっかり、目が大きくかわいいのは、たぶんご主人のご家族の特徴では、と思ったりした。赤ちゃんはみんなそうなのだよ、と言われそう。「こんにちは、ゆなちゃん」という歌も古いなーと、思われてもしかたない。私はあなたより半世紀以上も歳をとっているのだよ。

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夏の初めの、少し暑くなりはじめの頃に、あなたのお母さんが生まれた。名前はなつこ。ちょうど同じ季節だった。小さい頃は愉菜ちゃんとおなじように、いつも宙をみていた。そしてすくすく育って、小学校に行きはじめた。夏休みの前のこの季節には、いつも学校から朝顔の鉢植えを持ってかえってきた。その朝顔が芽を出す前から、水を毎朝やる。学校に行く前に必ず水をやったかどうか聞くのが私の役目だった。植物に、毎朝みずをやるのがどんなに大切かを、知ってくれればよいなーと、いつも内心思っていた。水を忘れると、すぐにしおれてしまうのも勉強だった。この朝顔のレッスンが数年続いた。毎夏、同じことをしていた。あるとき、肥料は、花が咲く前のつぼみのはるか以前の種から芽が出る頃にやるのが、一番効果的であることに気がついた。花が咲いてからでは遅いのだ。きっと、人間も同じだなと思った。

愉菜ちゃんも、大きくなったら、朝顔に水をやるのかなー。2030年で20歳、2050年で40歳、2080年で70歳。21世紀を生きていくのだね。でも、何年経っても、人はあんまり変わらない。40歳の愉菜ちゃんと話しをしても、お互いに理解し合えると信じている。この前見た、5500年前のアイスマンだって、私はちゃんと話が出来る自信があるんだ。

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今日の夕方は、自転車で公園に行った。そうしたら、たくさんの子供たちが、お誕生会かなにかで、はしゃいでいた。家に帰って、夜の9時なのに空はこんなに明るい。聞くところによると、この時間に、人工衛星のNEGAI☆は、上空100キロの高さで、流れ星となって燃えつきるそうだ。きっと愉菜ちゃんの時代には、夜の9時なのに地球はまだ明るいね、だね。
ラベル:愉菜ちゃん
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2010年06月21日

美しいニッポンの風景に出会った。

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ミラノでニッポンのアートと呼べるレベルの高いものをふたつ見た。
一つはEIKO HOSOE細江英公(1933-)のEcstasy and memoriesという副題がついている、写真展(Galleria CARLA SOZZANI)だ。この写真展は、細江のこれまでの作品を絵巻物にしたもので、その絵巻をぐるりと見ると、一巻の作品が鑑賞できる。展示も絵巻を壁に打ち付ければ、一瞬にして展示が終わるというものだ。
細江の作品は、三島由紀夫を撮った「薔薇刑」と舞踏家の土方巽を撮った「鎌鼬」(かまいたち)が有名で、見たことがあった。薔薇刑の序には三島由紀夫がいわば写真論を展開しているが、後半の写真が真実を写すというのは、1960年代には通用したことかもしれない。今では通用しなくなった論理だ。前半の記述にはさすが小説家の美しい文章だ。「さうだ。私が連れて行かれたのは、ふしぎな一個の都市であった。どこの国の地図にもなく、おそろしく静かで、白昼(自は白の誤植、昼は旧字でかかれている)の広場で死とエロスがほしいままに戯れてゐるような都市。われわれは、その都市に、一九六一年の秋から、一九六二年の夏まで滞在した。これは細江氏の、カメラによるその紀行である。」とあった。これらのニッポンの言葉は一言も、イタリア語や英語に訳されていない。イタリア人にとっては、わけの分らない写真展になっているのかもしれない。私にとっては、遠い昔の残像を見るようで、あの頃の自分が見た世界に出会ったような気がした。とくに、土方巽の舞踊は、新宿の暗い狭い劇場で見たのを思い出した。細江はその時代の写真家で、三島や土方や大野の時代を生きた人だ。その時代に細江をおしこめてしまうのは間違っているかもしれないが、わたしにはそんな風にしか見えなかった。ミラノで出会ったあの時代の風景だった。

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そして、もうひとつ、ニッポンの映画「おくりびと」を見た。タイトルはDeparturesとなっていて、本木、広末、山崎の俳優の声は完全にイタリア語にふきかえてあった。監督は滝田洋二郎(1955−)で、2008年の作品、数々の賞を獲得している。ニッポンとニッポン人の人生が、納棺師という職業を通して見えてくる。ちょうどワールドカップのイタリア対ニュージランド戦で人はいないと思ったが、意外と多くの観客が入っていた。そして中央前の私の両側のイタリア人女性は、後半は涙していた。涙無くしてこの映画を見ることは出来ない。そういう私も。ひさしぶりの感動の映画だった。
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2010年06月19日

サン・シンプリチアーノ教会で中世の音楽会

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今週は、イタリア中を走り回った。ローマの次は、パドバ、ポルディノーネ、ブレシャなど、辺ぴな工場地帯を電車を乗り換え、タクシーで行った。だから、このブログの更新がままならなかった。まあ、それを理由にサボったという訳だ。

それで、忙しく出張に行く前に、ミラノのサン・シンプリチアーノという教会で、中世の教会音楽と、当時の世俗の音楽を聴いた。修道院の中庭で演奏された音楽は古楽器と歌で、1346−1400年頃のものだ。そして、初期キリスト教の時代の教会の歌?賛美歌の前身のカントを聴いた。心が洗われるような、まろやかな音に、清らかな気持ちが、なぜか感じられた。キリスト教徒ではない私には、純粋な声だけが意味をもっていた。いつか、今度、知り合いに神学のレッスンを受ける約束がある。これを受けた後では、違った風に聞こえてくるかもしれない。

ラベル:中世の音楽
posted by perabita at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする