2009年12月31日

BanksyとRobboの争い

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とうとう年の終わりになってしまった。今年はどんな年だったか?反省する時がやってきた。でも、イギリスで出会ったストリートアーティスト、バンクシーBanksyは私にとっては、今年、最も興味を引いた作家だ。年齢も顔も経歴も不明の作家だけど、世界に、世間に?アートが、アピールすることができることを教えてくれた。長く、アートは、直接的に世間と離れた存在だったけれど、バンクシーはそうではないこと示した。
この、12月30日のThe Timesに、面白い記事があった。3枚の写真(The Timesのサイトでも同じ写真があるのでそれを転載する)が掲載されて、ストリートアートの争いで、バンクシーのライバルは作品に手を加えた、とかいうタイトルがついている。話はこうだ。今から25年前に、川岸のコンクリートの土手に、Robboと描かれたストリートアートに、バンクシーが手を加えて、半分を消して、あたかも、ポスター貼りのおじさんが、Robboのポスターを貼ろうとしているように描き変えた。その絵は、その後25年わたって、保存された。最初の写真は、バンクシーが手を加える前の状態。2番目はバンクシーが手を加えた写真。そして、このクリスマスに、当のロボは、バンクシーの絵を一部消して、あたかもKing Robboと描きおわったかのように、描き変えた。3枚目の写真だ。ロボは80年台半ばに登場したストリートアートティスト、バンクシーはその後、超有名作家となった。ロボにしてみれば、後から来たバンクシーが、自分の絵を踏み台に、しかもロボの文字を半分消してしまった。だったら、今度はロボが名前をはっきり描いて、その上に、自分はキングだと、付け加えた。
バンクシーは相変わらず、ロンドンのリージェント運河岸に5枚、クリスマスの時期に描き、この10月にはSuttonのイケアの壁面にも絵を描いている。Robboは相変わらず無名?だ。

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ところで、ときどき空の写真をとるようにしている。ニッポンのアーティストTamae Akimotoさんに送るためだ。それだけではない、空の面白さも味わうことができた。でも、このところ気候が異常で、雨が数週間も続いている。これも地球温暖化のためか?
皆さん、来年はよい年で、よい気候でありますように。
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2009年12月30日

J.F.ケネディの間違い写真

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今朝の新聞に、ケネディが、裸の女性と一緒にヨットに乗っている写真が掲載された。今日読んだのは、24OREという、ニッポンでいうとニッケイのようなビジネス・経済関係の新聞だ。他の新聞にも掲載されたにちがいない。
このネタは、TMZというアメリカのゴシップばかりを掲載しているサイトが発表した。私は、そのサイトを確認できた。それによると、この白黒写真は、カーディラーを経営する人物が所有していて、何年も引き出しにしまってあった。その人物が10年ほど前に亡くなり、その息子が、その写真の存在を伝えてきた。というもの。もし、これが本当のJohn F.Kennedy(1919-1963)であれば、われわれが持っているケネディのイメージとは異なり、歴史を書き換える必要があるかもしれない、と言う。この写真を、セデリック教授なる人が分析した。たぶん、この白黒写真は、1950年代半ばで、ジャクリーヌ婦人は妊娠して、子供が生まれる直前にちがいない。この後、ケネディは1961年に大統領となる。写真は小さなものだけど、ケネディの顔写真を重ねてみると、かなりの間違いなく本人だという。そうであれば、プレイボーイのケネディが、1956年の8月に地中海で、弟と友人の議員との3人で、クルザーで、遊んでいたことになる。しかも、全裸の女性とだ。

ところが、同じ日の午後12時に、この写真は、プレイボーイ誌に1967年にカラーで掲載されたもので、タイトルは、「プレイボーイのチャーターしたヨットパーティ」というものだった。読者からの連絡で、プレオボーイ社に問い合わせて分った。
要するに、写真はウソをつく。写真は真実を語らない。ということがわかる。
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2009年12月29日

中国の現代アート展

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今日は、ミラノのパラッツォ・レアーレで行われている中国の現代アート展「CINA」を見に行くことにした。その前に、ドーモ広場にある書店に寄って、新聞を買うことにした。ミラノの地方紙は、国内ニュースばかりで、すこし退屈気味だ。そうしたら、日本の朝日新聞が世界各国の新聞に混じって、あった。立ち読みをしたけど、ミラノの新聞よりもさらに、独りよがりで、スケート選手の記事が、テヘランの事件よりも扱いが大きく、世界の地方紙であることを確認して、THE TIMESを購入した。
新聞には、テヘランのデモで人が殺された。飛行機のセキュリティの問題とか、ポンドが低落して、ポンド=ユーロになるような気配だとか、驚いたことに、中国ではいまだに公開処刑が行われていて、毎月100人以上の人が死んでいる、という記事。
写真は、ドーモ広場で騎馬警官、トラム停留所、Tito Lucrezio Caro広場。

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以前から、中国人のアーティストは最前線を行っていて、モダンアートでは、高い水準なのだと思っていた。が、その認識は間違っていたかもしれない。この展覧会は、1993年から現代までに中国国内で製作された作品が中心であった。そうか、1989年の天安門事件で、多くの作家は国外に出ていて、そのアーティストたちは、国際的に活躍をしていて、水準も高いのだ。今回の展覧会は、中国の公的に選ばれた作家たちなのだ。この展覧会には、われわれの世界のモダンアートとの大きな違いがある。つまり、この展覧会では、見ることができないテーマがある。たとえばそれは、セックスに関するもの。もちろん、裸はたくさん見る事ができたが、裸になることは、もう特別な意味は無いのだけれど。そして、政治的なテーマも皆無だ。唯一、毛沢東を題材にすることは、解禁されているようだけど。オタクもない。異常な世界も描かれていない。2,3の絵は状況が分らないような描き方で、血にまみれた顔、金色のどくろ、天安門に横たわる少女などがあった。あるオブジェには、アンティユースフル、アンティデザイン、アンティスペースなどと書かれていたが、興ざめだった。
私は、上海でもっと水準の高い作品を見たことがある。性も描かれていた。でもそういう作家は、国が選んだアートには含まれないのだ、と思った。

以下の写真は、先日、ランブラーテの公園に行ったときのもの。渡り鳥と雪解けの動物達がいっぱいだった。

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2009年12月27日

私の空

クリスマスの当日は、久しぶりに晴れて、気持ちの良い1日だった。街は、静かで、人出も少なく、おだやかだ。散歩に出て、見たものは、車に写った晴れた私の空だった。

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2009年12月26日

クリスマスの深夜のミサ

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12月24日の夜は、普通のイタリア人は、近所の教会に行く。地域ごとに教会があって、家族や近所の人たちは毎年同じ教会に行く。普段は決して、教会に行かない人も、クリスマスの前の夜は特別だ。私のように、クリスチャンではないので、行きつけの教会が無い。それでは、ドーモで行われるミサに参加することにした。ミサは、キリストが誕生する深夜に行われる。ドーモも11時15分からはじまった。全ての席に人が坐ったようだ。
席には、小冊子が配られていて、「クリスマスの夜の深夜のミサ」と書かれている。
私は、小学校にあがる前に、キリスト教系の幼稚園に行っていた。今晩、その時の記憶がよみがえってきた。オルガンの低音の響き、コーラス、ぼんやりとしたイメージが奥底に残っている。
ミサは、全てが上手に演出された演劇のようにも感じられた。はじめに、席にすわったけど、すぐには始まらない。やがて、長―いロウソクに火がともされる、左3本、右3本そして中央に1本と。オルガンが前奏曲のようにかなで始める。空気が振動するような振動が伝わり、次第に大きく鳴り響く。
ミサは、ミラノの大司教が、言葉を読み、それに答えるように、参加者全員が、たぶん2千人くらいの人が、声を出してせりふを読む。その都度、立ち上がる。
(大司教)おお、神よ私をお助け下さい。
(全員)キリストよ、早く私を助けにきて。。。はじめのように、そして今といつものように、何世紀のあいだ、何世紀にもわたって。アーメン、ハレルヤ。
と、始まる。そして、キリストの誕生が語られる。宗教にとって一番大切なのは、言葉なのだ。すべての始まりに言葉がある。言葉はつまり教えのことになる。以前に、ダライラマのところで修行をしたお年の方に、宗教とは何か?とたずねたら、すべては言葉だ、とお答えになった。まさにキリスト教も同じだ。
そして、次に、天と地上についてで、すべてが、この二つの世界で語られている。そして、次に、キリスト教にとって、重要な考え方は、何度も繰り返しミサのなかで出てくる、何世紀のあいだ、何世紀にもわたって、という時間の感覚だ。キリストが誕生してから、何世紀にもわたって、一直線に、ずーとつながっていることだ。ミサの途中、世界がどんなにして創られたが語られ、その何年後に、アブラム、モーゼがどうした、ローマの建設、バビロニア、エルサレム、アウグスト皇帝とキリスト誕生前のことにも触れた。
そして、このときに、ドームに釣り下がった、星に灯りが点灯された。そして、大司教は、従者を従え、香をたきながら、教会を行列して歩く。ミサの途中に、説教があり、最終を迎える。実に、このミサは、キリスト教の原点を、語ることのセレモニーであった。深夜のミサは1時30分を過ぎていた。もちろん、歩いて家に帰った。
posted by perabita at 06:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする