2009年07月31日

自転車は歩道を走って良いか?

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今日、自転車で街を走った。この暑さで、すこし日差しがゆるくなる夕方まで待って、買い物に出かけた。いつもの様に、歩道を自転車で行った。車道の横断歩道のところで、先方から車が来るので、止まって待った。そうしたら、その車を運転する紳士が、横断歩道の前で止まり、行け、という合図をするのだ。そうして、その後ろに、スクーターに乗ったオジサンが、その車の後ろで、仕方なしに止まり、待っている。私は、急いで、自転車に乗って、横断歩道を渡った。そうしたら、スクーターのオジンが、通りぎわに、「自転車で歩道を走るな」と、私に向かって、どなった。車の紳士とスクーターのオッサンとの対応の違いに、とまどった。
私は、街を走るときは、できるだけ歩道を走るようにしている。しかたなく、車道を走ると、1日に1度や2度は、ヒヤーとする。年に、自転車の交通事故で、ミラノ市内で200人くらいが亡くなる。わたしもそうならないように、歩道の広い道路を選んで、走るように心掛けている。ついこの間まで、自転車は歩道を走っていけない、ことになっていた。しかし、この車道の危険な状態から、歩道を走るのが、暗黙のこととなっている。ときどき、半年に一度くらい、自転車は歩道を走ってはいけない、という人がいる。でも、警官がいても、一度も注意されたことがない。
自転車道が歩道と同居している道がある。パドバ通りVia Padovaだ。歩道を広くして、人と自転車が問題もなく一緒だ。この通りはロレート広場から、始まっているが、自転車道はいきなり広場の車道に向かって終わっている。ここからは車道を走れと言わんばかりだ。ちなみに、この場所はムッソリーニが殺されて、愛人と一緒に、逆さに吊るされたところだ。まあ、こんな風に自転車と歩道は問題なく同居できると、私は確信を持っているのだが、まだ、この問題は真剣に議論されていないようだ。
最近バイクミーBikemiという、共同利用の自転車が市内にたくさん置かれている。登録をすると、2時間以内なら、100か所あるステーションから他のステーションまで自由に使うことができる。最近使う人を見かける。そして、この自転車のステーションはすべて歩道の上にある。車道を走るなら、車道に作るべきだ。中央駅も見ての通り、歩道の上だ。そして、サービスの説明をHPで解説している。どこを走れというのか、読んでみたが、はっきり書いてはいない。ただ、重要なポイントとして、交通規則を守り、横断歩道を尊重すること。これは、車道を走ることを想定している。そして、常に歩行者を優先すること。これは歩道を走ることを想定しているものと考えられる。バイクミーは毎日3500人が利用し、自転車専用道路も2011年には120キロ、2015年のEXPOには190キロにまでする予定だそうだ。
それよりも、スクーターのオヤジに、どなられないように、きちんと、自転車はどこを走って良いのかを議論して、決めてほしい。この曖昧なままでは、バイクミーもやっぱり駄目だった、となりかねない。
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2009年07月30日

NIPPON KOBO展

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ミラノのフォルマFORMA (Piazza Tito Lucrezio Caro 1)という写真専用のギャラリーで、NIPPON KOBOというタイトルの展覧会があった。このギャラリーは、新聞社のコリエラ・セラが設立した民間の運営だ。規模は大きく、元工場かなにかを改装したようだ。

展覧会は、ニッポンの代表的な写真家12人の作品の展示だ。ニッポンの風景に出会った気がした。多くの写真は見たことがあったが、こうやって見ると、また新鮮に見ることができた。歳の順に?展示されていた。つまり時代の順だ。はじめは木村伊兵衛(1901年生)。戦後の東京と地方が撮影されていた。1950年代のなつかしいニッポンの人たちだ。植田正治(1913生)、いつもこの人の写真は鳥取砂丘の家族写真。写真館の礼儀正しい写真が美しい。細江英公(1913生)アーティスティックな、演出された写真。薔薇刑(1963年)の写真には、三島が写っていて、西欧の人たちとは違い、若々しい顔立ちで、目がかがやいていた。正真正銘のニッポン人に見えた。奈良原一高(1931生)、静かで、時間の流れが写真から感じられる。ニッポンの風景だ。東松照明(1930生)、長崎、広島の原爆被害者の写真が展示されていた。この人たち(被爆者)の心にも戦争の荒廃があることを知った。という。森山大道(1938生)終電というタイトルの写真を見て、ツカレタニッポン、あの頃のニッポンを思い出した。
そして、荒木経惟(1940生)、この人から現代の写真がはじまったような感じだ。それまでは偉大な写真家の時代だった。でも、この荒木の出現で、自分や人を巻き込んだ本当の写真が生まれたような気がする。「自分にとって、写真はセックスのための愛と死だ。この二つの欲望は別々のものではない。」私は、荒木がデビューする頃から、雑誌や展覧会で常に注目していた。写真集も持っていた。彼の妻のYOKOの死も、リアルタイムで知っていた。若い頃に別れた女性に瓜ふたつのYOKOが、当人でないかと疑ったこともあった。そんなはずはなかった。
宮本隆司(1947生)、この人には会ったことがあった。友人の編集でアジアの都市の本をつくり、出版記念の発表会をしたときだ。私は、香港を担当していて、香港の過密な都市の様子をスライドで紹介した。そのとき、宮本さんが居て、香港の話をした。それ以後、彼は香港にのめりこみ、九龍城を探検したようだった。
やはり、ミラノで出合ったニッポンの写真は、ニッポンの固有の文化とピッタリと一体化していて、ニッポンでしか生まれなかったものたちだ。写真は、どんなものを対象にしても、写真を撮った人のパーソナルな部分なのだ、と思った。
ラベル:写真展
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2009年07月28日

ミラノ市の心配ごと

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昨日、救急病院に行った。知人が、外耳炎らしいというので悪くならないうちに病院に行った。受付をすませて、2時間後にようやく診察をして、治療と薬の処方箋をいただき無事終了した。公の、大学病院付属の救急病院なので無料で、対応もよかった。新聞によると、イタリアで機能している医療機関は、このロンバルディア州とはじめヴェネト州、トスカ ナ州など6つの州で、その他は業者への支払いなどが1年近く遅れていて、まともなサービスを受けることがむつかしい、という。これでは安心して病気になれない。
この半年余り、ミラノ市の空には、クレーンが林立?しているように思っていた。この小さな街でどこもかしこも工事中なのだ。昨年の危機以前からこの動きがあった。昨日の新聞には、ミラノ市には今年の4月から6月までの間で、4千700もの工事現場がある。このうち400は公共事業という。だから約5000個のクレーンがミラノ市の空にそびえていることになる。それだけではない、すでに具体化したビッグな公共事業がすでに100近くある。
市に言わせると、これだけミラノは中小の事業者が不動産に投資しているという。将来性を見込んで、2015年のミラノ万博を当て込んだということらしい。しかし、私は、ミラノの不動産市況というものが見えてこない。ニッポンだったら、マンションやオフィス、土地の下落や高騰がすぐに報じられて、なぜマンション建設が少ないかなどは、理解できるのだが、このミラノは、いったいどうなっているのか?。この記事の下には、ある銀行は政府資金に依存しているので、市は、資金難に陥っている事業について資金援助をしない取り決めをした、とある。また、危機に対しては、市−銀行の提携を検討中と、いう。要は、これらの不動産投資がいつ破たんするか、わからないと言っている、ように読める。いまだに、経済危機について、いたるところで議論している状況で、これらの事業が、今後うまく進むと考えるのはあまりにもイタリア的だ。
この夏、8月に開いている店が9457軒ある。昨年の8月では4500軒で、その倍の店が開いている。店の40%は食料品、30%はレストラン、残りは衣料品店だ。市は、これらの店に郊外では1万ユーロ、市内では1千ユーロの補助を出している。これも、売り上げが思うように伸びず、仕方なく8月もバカンスに行かず、オープンしているのが実情。このバーゲンも、いまだに人出があって、品物が店頭に残っているようだ。
この夏休み明けから、大きな危機、破たんが無ければよいと心配しているのは私だけではなさそうだ。
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2009年07月27日

TV番組「エニグマENIGMA」

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確か、毎週金曜日の夜9時からイタリアのTVライ3で、「エニグマENIGMA」(謎という意味)という番組がある。私は大好きで、よく見る。この番組は、コラードというキャスターが、歴史の暗い部分に光をあて(そのように紹介されているので)、現代のさまざまな記録や証言で明らかにしていく、というもので、面白い。つくり話ではなく、史実に基づき、まじめに議論するところに好感が持てる。これまでは、例えば、2001年に起きたテロで、ペンタゴンに飛行機で突っ込んだが、飛行機の大きさに比べて、破壊された建物の穴が異常に小さいのはなぜか?とか、マフォアのボスの話とか、魔女の話しとか、ファシズム時代のこととか、最近交通事故で亡くなったオーストリアの極右政治家ハイデルとか、話題にことかかない。
前回見た番組も面白かった。システィーナ礼拝堂にミケランジェロ(1475-1564)が描いた天井画や最後の審判についてだった。最初の2枚は、壁画のなかに、実はユダヤ人がたくさん描かれているのはなぜ?と最近それについて本を書いたRoy Doliner氏は問う。絵の中の人物の袖に描かれた黄色い○はユダヤのしるしだという。また、この絵の構図は、人間の脳の形をしているとか。アダムとイヴが描かれているのはリンゴの木の下ではなく、イチゴの木?の下だったとか。最後の審判のなかに、ミケランジェロの自画像が描かれている。これは本当らしい。という具合に、壁画のなかにはたくさんの謎が描かれていて、謎の究明がこれからも行われるであろう、という。
確か、ニッポンにも同じような歴史の謎を解く人気番組があったように思う。なぜ面白いかって?大体歴史は作られたものが多い、ウソが多いのが普通、少し掘り返せば、謎がいっぱい、だから興味がつきないのか?
ラベル:エニグマ 番組 TV
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2009年07月26日

ストリート・アート近況

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先のサン・ロレンツィオ・マジョーレの隣の建物の外壁に、大きな壁画が描かれていた。この壁は事あるごとに、いろんなアーティスティックな絵になる。ほとんどがコマーシャルなスポンサー付きだ。今回は、デザイナー、ジオ・パガーニGio Paganiによる作品で、テーマはキース・ハーリングの顔が描かれている。よく近づいてみると、描いたというよりも、コンピュータで描いたものを紙のシートにプリントアウトして壁に貼り付けてある。このデザイナー、のHPを見ると、いろんな壁紙を制作している。

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そして次は、Via Conchettaという通りにあるもので、ある団体が所有する壁で、落書きではなく依頼によって描かれた壁画だ。4人のヘルメットが連なって、お互いに向き合っている。何と言えばよいのか?
そして、私の近所の工事中の囲いに描かれていた、はっけよい。イタリア人から見れば、シコを踏んだ、片方の手からは、魔術か、魔法の光線が放電しているように見えるのか?キツネが顔を出している。

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そして、ミラノの現代美術館PAC Via Palestro14にずいぶん前からある壁画で、確か、ストリート・アートの展覧会をした時に描かれて、そのまま残されている。ニッポンだったら絶対に許されない絵で。全員がコカインかハッシッシか知らないけど、麻薬をやっている。しかも入口にはヤクは山盛りなのだ。
どちらかと言えば、ミラノはストリート・アートには割と寛大だ。市長モラッティは、きれいな街にするために、市営の清掃会社がやっきになって、壁をきれいに洗うための予算を付けている。おかげで、落書き風のアート?は最近では少なくなっている。
今朝の新聞には、ミラノの地下鉄3号線にスペインの大学生4人組が、電車に落書きをしているのを発見し、警察は逮捕した。地下鉄の会社Atmは刑事と民事で訴えようとしたが、市は民事だけですませ、450ユーロの罰金を課したが、当人たちはすでにスペインに帰り、罰金の回収は難しそうだ、という。
posted by perabita at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・モダン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする