2008年10月31日

コルソ・コモ、フュージョンの街

はじめてフュージョンという言葉を体験したのは、数年前レストラン・ノブで、食事をしたときだった。フュージョン料理で有名なこの店で、オリーブオイルと醤油に浸った刺身を食べたときに、ニッポンのサシミでもなくイタリアのカルパッチョでもない、不思議においしい地中海風サシミとでもいうべきものだった。どちらでもなく、さらにおいしいものだった。これなら、イタリア人にもうけるかもしれない。ニッポン人にもナットクのいく、イタリア風ニッポン料理かもしれない。

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このコルソ・コモCORSO COMOという通りには、いくつかのフュージョンという言葉でしか説明できない店がある。その代表は、コルソ・コモ10である。地番がそのまま店の名前になっている。中庭を入ると、コーヒーショップで、イスが並び、木々で囲われ雰囲気を出している。ブティックがある。ここには、ファッション、照明器具、グッドデザインの電気製品、装身具、デザインされた食品まで並んでいる。いろんな品物の境目をなくし、デザインという観点で全体がまとまっている。中庭から2階に行くと、ギャラリーがある。今日はRAYK.METZKERと言う人の写真展をしていた。モノクロのコンポジションという感じの写真だった。その隣は、デザイン、建築、写真関係のブックショップになっている。要するに、ここは、デザイン、アート、ショップが一体となっていて、来た人は、どこに居ても、違和感なく、気分が途切れることがなく、時間を過ごすことができる。本屋に行って、ギャラリーを見て、買い物をして、コーヒーと食事をして、いつも同じ気分で居られる。これがフュージョンではないか?UDSが目黒のクラスカのラウンジで試みたのと同じ手法である。お手本は実はここだった。

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コルソ・コモ10を出ると、通りはまだ雨が降っている。この通りは、この店の影響で、再開発され、車も入ってこない。普段はたくさんの人でにぎわっているのだが、あいにく雨だ。

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コルソ・コモの手前の広場に、プリンチPrinciというパン屋さんがある。田舎風の自然酵母のパンを焼いている。このパン屋さん、かっこよくデザインされて、パンだけでなく、ドルチェ、ピザがあり、コーヒーも飲め、お茶ができる。パンとコーヒーとドルチェが一緒に楽しめる。これだって、フュージョンのパン屋さんなのでは?違和感なく、パン屋さんでお茶だ。

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そして、もう一つ、この広場に面してあるのが、ハイテックHighTechという雑貨屋さんだ。香水、キッチン用品、衣服、文具、水周り、インテリア小物、何でもある。これだけの数の商品が集まると、違ったイメージを持ってくる。共通してレベルの高い雑貨で、もう雑貨とは言えない。人が必要としている身の周り品とでもいおうか、身の周りの百貨店、古いか?そういう感じになっている。たくさんのものが集まると意味が違ってきて、一種のフュージョン現象となる。
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2008年10月30日

ブエノスアイレス通りをサーヴェイした

昔、デザインサーヴェイというのがはやったことがあった。これは、歴史的な通りや、集落を記録するのが目的で、図面をせっせと作った。それ以後、あんまりやらなくなった。もっと古くは、考現学を書いた人(名前は忘れた)が、戦後のニッポンの風俗を記録した。それに習ったわけではないが、近所の大通りブエノスアイレス通りを、夕方、歩いてみた。と言うよりは、手軽にブログの原稿を埋めようと思ったからだ。なぜって、昼間いそがしいのと、毎日雨で、写真が撮れないから、いっそのこと、夜に写真を撮ることにした。

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ブエノスアイレス通りは、ロレート広場から、ポルタ・ヴェネツィアまでの、おおよそ2キロくらいのミラノ一番の商店街だ。
ロレート広場から歩き始める。この広場、いつも夜、通るときは、ちょっと怖い。ムッソリーニの亡霊が出るかもしれない。1944年の4月29日に、ムッソリーニとその妻クラレッタ・ペッタッチ、と数人のファシストが殺されて、吊るされた所だからだ。その写真が今でも残っているけど、この広場の、写真の右の方だと思われる。碑も何も残されていない。ミラノ市民にとっては忘れたいことの一つなのだろうか。

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アルジェンチーナ広場に、花屋がある。イタリアの花屋は少しクラシックだ。品種改良なのか、真ん丸い菊のような花や、黄色いマルゲリータや白いバラなんて。。。それにひきかえ、最近の下着はとってもいい。そのまま街に出てもおかしくない。店の名前はYAMAMAYとかいう。ヤママイと呼んでニッポンのメーカかと勘違いしていた。

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有名なパン屋さんで、ドルチェも作っている。ババ(ロア)はおいしい。パンはプーリアのパンで、皮が硬く厚くておいしい。中はしっとり柔らかだ。PATTONI&MARINO。

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リマの広場に通りかかったら、もうクリスマスの飾りつけがはじまっていた。早すぎない?ひょっとして、11月のはじめから、点灯させようという作戦?いくら景気が悪いっていっても、クリスマス商戦長すぎませんか?

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ブエノスアイレス大通りには3軒の本屋さんがある。最近、そのうちに一軒が近くに引越し、3軒が近くに並んでしまった。一軒は大手のFELTRINELLI、もう一軒はCORSO、他は知らない。便利と言えば便利、激戦が始まるのか?このCORSOの本屋、ときどき定価の30%引きをする。先が楽しみだ。

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途中、IL Caffe Ambrosianoというバルに入った。コーヒーが本格的。カップにも店名が。シャンデリアもいい。

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無印もある。MUJIとかいっているけど、ニッポンの定価ラベルをつけた状態で売っている。約3倍でだ。高過ぎませんか?こちらではFERAMENTAといい、金物の雑貨屋さん。とにかく楽しい、シャッターが閉まっていたけど、コーヒーわかしだって、こんなにそろっている。MARI SUB。

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ポルタ・ヴェネツィアに着いた。広場の右にはいつも行く、オーベルダン・シアターがあり、左には、用はないけどダイアナ・シェラトンホテルがある。角には、ヴェネツィア・アイスクリーム店がある。夜遅くまでやっているので映画の帰りに、いただく。
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2008年10月29日

ジェルミーニ大臣の教育改革

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このところ天候不順で、この2週間、曇りと雨ばかりだ。今日の夕方も、ごらんのように、中庭から見た空はどんより曇っている。さっきまで雨が降っていた。つる草がからまっていた鉄線もしずくがぽつりぽつり。しばらくして、外に出たら、道が雨でひかり、犬君も寒そうに早めに散歩をきりあげ、家路をいそいでいた。近くの、果物屋では季節はずれのスイカが雨にうたれていた。そんな、こんなで、私も犬君と同じように、散歩を早めにすませ、家に帰り、TVのスイッチを入れたら、最近の学校改革のニュースをやっていた。

学校改革というのは、このベルスコーニ政府の教育大臣のジェルミーニさんが中心になって行うとしている一種の構造改革だ。この大臣非常に若く、35歳で、女性弁護士だった人。昨日のインタビユーで、私のモデルはオバマだわ、と言ったところ、あっちこっちから、皮肉られている。新聞の漫画には、どうりで色が黒いわ、とか。
彼女が打ち出した、改革は主に二つで、一つは、小学校の教師は一クラスに一人にする。というもの、イタリアの小学校ではクラスに何人もの先生が居る。確かにムダなような気がする。他の一つは、一兆円近い大学の先生、職員の給与を、8万7千人分まで削るというもの。どうも、イタリアの大学は、生徒がろくに居ないのに、先生ばかりが居る学部が相当にあるらしい。この改革案を出したところ、生徒や先生のデモや学校が閉鎖されたり、各地で、騒ぎが広がっている。私は、イタリアの学校の実情はあまり知らないけど、ジェルミーニ大臣の改革は、わかるような気がしないでもない。学校に限らず、イタリアはいろんなところで、改革が必要なのだ。でないと、アリタリアのように、倒産するのではないかと心配だ。



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2008年10月28日

ピアノトリオ演奏会とダイアナホテル

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先週から音楽会の季節が始まった。来年の6月までがシーズンだ。毎週月曜日の夜9時から、ミラノのコンセルヴァトリオG.VERDIで行われる新人の音楽会だ。いつもプッチーニ・ホールSALA PUCCINIで行われる。もちろん無料。だからと言って、適当ではない。若くして賞を獲得した新人の演奏家たちで、レベルは非常に高い。お金を払って聞く、評価の定まった音楽家の演奏会よりも、若い人たちの、やる気のある?元気な音楽の方が楽しいような気がする。
今晩は、CATERINA DEMETZさん、19歳、ヴァイオリン、すでにたくさんの賞を獲得している。INGRID RUKOさん、アルバニア生まれ、23歳、チェロ。ALICE BACCALINIさん、ピアノ。曲目はドヴォルザーク(1841-1904)のピアノトリオ、「ドゥムキー」とスメタナ(1824-1884)のピアノトリオ作品15番。
演奏は、ほとんど完璧だった、と素人の私は思う。スメタナはドヴォルザークの先生にあたる作曲家で、一世代の違いがある。曲も、スメタナのピアノトリオは、全体に一つの曲がまとまり、ときにはピアノ、ときにはヴァイオリンが主役で、チェロは脇役。オーケストラのように、それぞれのパートの役割が決まっている。まとまりと調和があり、クラシックなスタイルだ。それに比べ、ドヴォルザークのピアノトリオは、もっとモダンなスタイルだ。ピアノ、ヴァイオリン、チェロは、それぞれが独立した人格を構成。曲は、ピアノとヴァイオリン、ヴァイオリンとチェロ、ピアノとチェロとが、それぞれに対話して音楽が作られている。一種のジャズトリオのピアノ、コントラバス、ドラムの関係に似ている。対話の中に、一つの音楽があり、主従の関係がない。ある意味で、現代的なのであろうか。一世代で、こんなに音楽に違いがあるのだ。評論家でもない私が感じた音楽だった。

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演奏会場から歩いて帰った。途中、ダイアナ・マジェスティック・シェラトンホテルに通りかかった。今日の新聞によると、このホテルは1908年開業で、明日がちょうど100年目の誕生日になるそうだ。当初から、多くの有名人を迎え、ダヌンティオ、ヴィスコンティ、ナオミ、ミッソーニ、チェルーティ、フェリーなど。また、当時としては前衛的なさまざまな機能、劇場、レストラン、プール、庭園などを備えていた。なるほど、今のホテルのプロトタイプだ。
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2008年10月27日

ヴィラ・アレーゼ・ボロメオ

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ミラノから電車で30分くらい行ったところにチェザルノ・マデルノCesarno Madernoという街がある。5年くらい前、ミラノサローネに来たとき、市内にホテルが取れず、知り合いの紹介で泊まったことがあった。Villa Arese Borromeoと言う18世紀の貴族の館があって、一部ホテルになっている。このボロメオ宮殿で、写真展があると言うのをTVニュースで見て、行く気になった。
写真展は、ハンガリー人のMARTIN MUNKACSI(1896-1963)とフランス人のJACQUES HENRI KARTIGUE(1902-1994)の二人だ。どちらも、今世紀初期の写真家で、写真がはじめて世に認められた時代である。写真を撮ること自体が、よろこばしく、意味のあった時代だ。写真には、時代の生き生きした人物や、車や、光が映っていて、写真がアートの仲間入りを果たそうとしていた時代だ。何を撮っても絵になった。
現代の写真は、そうは行かない。何を撮っても、面白くなく、めずらしくもない。意味もない。ましてや、写真がアートになるかどうかも危ぶまれる。当時は人が写真を撮る時代だったが、現代はカメラが写真を撮る。どんな写真も新しさがなく、困難な時代となってしまった。写真の向こう側にある対象に、写真家が手を加えて、マジックを行わないと、誰も、見向きもしない。例えば、同じところで展示されている現代のメキシコ人写真家PEDRO MEYERの写真のようにだ。

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このヴィラ・ボロメオは、17世紀初期から18世紀中ごろに建設された建物と庭園がある。建物は、エッシャーの絵のような、不思議な空間を生み出している。現代写真のように、建築様式はすでに意味を持たなくなっていて、建築家のいびつな発想がそのまま空間を構成するように、不自然な建築の形が随所に見られる。
庭園は、広大な敷地に、ただの長方形だ。今は秋色に木々が彩色され、タンポポは綿毛になっている。秋の黄金色の日は、芝生に長い樹木の影を落としていた。
タグ:写真 庭園
posted by perabita at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする