2008年04月30日

イス修理職人

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かなり以前、銀座煉瓦街の明治の初め頃の時代を復元したことがあった。建物だけではなく、待ち行く人たちや、商店や物売り、職人さんたちの復元を行った。その風俗復元には時代考証に強い漫画家の杉浦日向子さんが担当しました。当時の銀座通りには、こんなにたくさんの人たちが路上で商いをしていたことに、驚きました。残念ながら杉浦さんは、急性白血病でその後亡くなってしまいました。

きょう、大通りをとおりかかったら、路上で、イスの修繕をしている職人さんにお目にかかりました。へえー、日本の戦前ではこんな風景が見られたのでしょうか。私は戦後生まれですから、戦前は知りませんが、たぶん、写真や映画で、何となく想像してしまいました。ミラノでも、あんまり見かけません。写真のお願いと、どんなに風に修理するのかお尋ねしました。
イスの座るところを、竹の皮を細く裂いたもので、テニスのラケットのように、ふちの穴を通して、張っていきます。完成したものが部分的に写っています。完成したものは、8角形の小さな穴のメッシュが形成されています。竹の皮帯は、スチールの細い帯を先に通し、その端に穴があいています。その穴に竹の皮帯を通し、スチールの帯を引き抜くと、竹の皮帯が通り、編まれます。これを、縦、横、斜めに通すと、完成です。一つのふちの穴に6回、竹の皮帯が通るそうです。イス一個の修理が50ユーロだそうです。
竹皮の帯で編まれたイスは、竹のしなやかなクッションと通風がよく、夏にはもってこいのここちよさなんでしょうね。

ラベル:職人
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2008年04月29日

ミラノの文化人Gillo Dorfles

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ミラノを語るのに、モニュメントや都市、生活を知ることが重要なのは理解できます。そればかりではなく、ミラノに生きた人たちが作り出した文化も同じくらい大切です。今夜は、普段は映画祭などで、足しげく通う、スパツィオ・オーベルダン(SAPAZIO OBERDAN)で、ジーロ・ドルフレス(Gillo Dorfles)のドキュメントとシンポジウムがありました。

この人、1910年生まれで、98歳です。ジェノヴァ生まれで、ほとんどミラノで暮らしてきました。美術評論家、美術の教授、作家です。美術についての著作がたくさんあり、ます。一世紀を生きたわけですから、たくさんの作家との交流があり、ミロ、ピカソからフォンターナ、マジストレッティ、モネ、ムナーリと具体美術の運動も主催しました。この人の興味は幅広く、音楽、演劇、モード、デザインなど、またキッチュ(kitsch)についての著作もあり、俗な、身の回りのものにも興味がありました。常に、子供にように、あらゆるものに興味を示し、現代美術についても、常に新しい試みを受け入れてきました。98歳なのに、若々しい感性を失わず、おしゃれで、食べ物にも、特にドルチェ(お菓子)にも目がありません。
20世紀を生きた、まさミラノの文化人といえるのでしょう。決してインターナショナルではなかったのですが、ミラノの文化に欠かせない人なのです。彼の描く絵は、鮮やかな原色を使った、抽象です。描く対象とは決して似てはいなくて、常に新しいの感性を描き続けてきた作家です。
今夜は、ミラノに一歩近づくことができたような気がしました。


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2008年04月28日

Greenawayの最後の晩餐

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レオナルド・ダヴィンチの最後の晩餐を題材にした映画ダヴィンチコードは評判になって、その後、本物の絵は3ヶ月以上待たなければ見学することが出来ません。
ミラノ・サローネの期間中から、最後の晩餐を見学できない人のために、というわけではないでしょうけど、最後の晩餐を題材にした映画?インスタレーション?映像?が開催されています(5月4日まで)。少し、落ち着いたので、私も見学に訪れました。

これは、Perter Greenawayという1942年生まれのイギリスの映画、映像作家の作品です。場所はドーモの右隣で、Plazzo Reale(王宮)のCariatidi広間で行われています。グリーンアウェイは映画監督ですが、平面的な絵画をドラマチックに映像にしています。正面に本物と同じような設定で最後の晩餐が映像で写され、この絵を3Dにしたり、手の表情を部分的に光をあてたり、絵画の後ろから光があたったり、一つの演劇をみているようでした。最後の晩餐をさまざまな角度から、光と、影と、色と音楽で、見せてくれます。絵画なのに、あたかも映画のように、生き生きとした物語を見ることができます。残念ながら、写真は禁止で、中央に作られた晩餐の光るテーブルのオブジェだけを撮ることができました。
ご無沙汰しています西洋美術館のAOYAGIさん、日本でも受けると思いますよ。
WEBでも少し見ることができます。
http://www.petergreenawayevents.com/petergreenaway.html

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2008年04月27日

アスパラ

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昨日、土曜日は市場が立つ日です。先週頃からアスパラがおいしそうに並べられていました。今週は手ごろな価格になっていました。ひと束1.5ユーロです。アスパラは春野菜のシンボルです。緑と白があって、緑の方は白よりも長い間売られ、白アスパラは一瞬にして消えてしまいます。ほとんど1、2週間くらいのはかない命です。でも、それだけおいしいのです。

今日は、アスパラのゆで方と簡単メニューをひとつ。
アスパラは、二つに切ってゆでていませんか?これだと、お皿に出すのに、みっともありません。ばらばらでまとまりがありません。
ですから、なるべく深鍋で、アスパラが立ってもゆだる深さが必要です。
まず、水でアスパラを洗います。下の根の方をきります。(私が教わったのは、先と根の方を持って、ポキット折ります。折れた穂の方が柔らかくたべられます。根の方は残念ながら筋があるので、捨てます。これはレストラン式。一般家庭はもう少し下までたべます。)鍋に水をいっぱい入れ、塩をいれます。洗ったアスパラは、同じ方向に並べて、真ん中を料理用のひもで束ねます。あまりきつくではなくほどほどに。沸騰した鍋に、根の方を下にして、立てたままゆでます。場合によっては鍋にふたをして、10分から20分の間、ゆでます。ゆでぐあいは、ホークかクシでさして確認します。
(簡単レシピ)
ゆだったアスパラにマヨネーズなどの簡単ソースをかけて食べます。
が、少し味をつけたい人は、まず、上のようにゆであがったアスパラを、フライパンにバターを入れて、いためます。色がついたら、出来上がり、お皿にもって、塩で味をつけ、上からパルメザンチーズをふりかけます。
ラベル:アスパラ
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2008年04月26日

マルテサーナ運河自転車道

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昨日は4月25日イタリアの開放記念日でした。この日は、1945年、日本では終戦記念日ですが、こちらでは、ファシストから国や市を開放することができた記念日です。市内のあちこちにファシストと戦って鉛の弾丸に倒れた市民戦士の記念碑があります。市街戦が各地で行われました。

祭日で、天気がよかったので、サイクリングにでかけました。地図を見ていただくと、ミラノからアダ川まで全長32キロの自転車専用道があります。マルテサーナ運河(Naviglio del Martesana)に沿って、走ります。かっては、この運河から、いろんな資材を運びました。コースの途中いろんなお休みどころがたくさんあって、楽しみながら目的地まで行けます。写真は、天文施設(開いてるのを見たことがありませんが)下にバルがあって、コーヒーやアイスをいただき一休み。その先は、公園のような景色の中を、おいしい空気を味わいながら、水辺の水鳥や魚も観察して、進みます。
私は、一気にアダ川まで行ったことがありません。ミラノからスタートして、ゴルゴンゾーラ(あのチーズの発祥地です)まで行き、そこから、帰りは電車でもどります。土、日は電車に自転車を乗せることができます。ただ、1ユーロ、余分に払いますけど。らくちんコースです。
次の機会は、このゴルゴンゾーラまで、自転車を電車で運んで、その先のコースをご紹介します。




posted by perabita at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする