昨晩は、私にとっては大変なことがあった。パソコンの前でビールを飲んでいて、ついうっかりパソコンにもビールをおごってしまった。パソコンは酔っぱらったのか、それ以後動かなくなった。幸い小さい通信用のPCがあったので、何とか復旧につとめたが完全ではない。
ところで、いつも映画を上演しているオーベルダンで、ガブリエレ・バシリコGabliele Bsilico(1944-)という写真家の展覧会があった。この人は、4×5の大判カメラで都市をとってきた。作品集もたくさん出ていて、バルセリナ、マドリッド、ベルリン、サンフランシスコ、イスタンブールと世界中を歩いている。イタリアでもたくさん。この展覧会では、モスクワとミラノが展示されていた。
彼にとって「写真とは、現実や移り変わる世界から、切り取った見本が写真であるという。それは、物質的に必要なもののように、記憶の中に蓄えられたイメージとなる。新しい都市を写真に撮るということは、新しい探検であり、都市のすべての知覚をグラフィックな写真で記憶の中に記録していく、それは潜在的に存在するのだ。」という。自分の写真の上に、そのように自らコメントしている。
モスクワでは、スターリン時代の遺産のような塔のような高層ビルを撮り続けた。それはまさに、政治的なスローガンによって建設された都市の姿なのだ。都市は単に必要性に従って形成されるのではなく、やはり時代を動かした考えやイメージが作用している。
そして、1978から80年ころに、戦前、戦後のモダニズムのミラノの工場を撮った。現在、これらの工場はすでに、取り壊され、あったとしても廃墟になっている。ミラノの郊外や周辺の街には多く見かけたものだった。それらは、思いもよらず造形的な美が発見でき、工場建築は必要性だけではなく、コンクリートのシンプルな建築美を誇っているようだ。これらの工場が稼働していた1970年代がイタリアにとっても輝かしい奇跡の繁栄と言われる時代だった。


Giuliano Cardella
パリのアパートを貸します。エッフェル塔が見える都心。空状況は1ヶ月前に。
