2009年11月12日

ガブリエレ・バシリコの都市

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昨晩は、私にとっては大変なことがあった。パソコンの前でビールを飲んでいて、ついうっかりパソコンにもビールをおごってしまった。パソコンは酔っぱらったのか、それ以後動かなくなった。幸い小さい通信用のPCがあったので、何とか復旧につとめたが完全ではない。
ところで、いつも映画を上演しているオーベルダンで、ガブリエレ・バシリコGabliele Bsilico(1944-)という写真家の展覧会があった。この人は、4×5の大判カメラで都市をとってきた。作品集もたくさん出ていて、バルセリナ、マドリッド、ベルリン、サンフランシスコ、イスタンブールと世界中を歩いている。イタリアでもたくさん。この展覧会では、モスクワとミラノが展示されていた。
彼にとって「写真とは、現実や移り変わる世界から、切り取った見本が写真であるという。それは、物質的に必要なもののように、記憶の中に蓄えられたイメージとなる。新しい都市を写真に撮るということは、新しい探検であり、都市のすべての知覚をグラフィックな写真で記憶の中に記録していく、それは潜在的に存在するのだ。」という。自分の写真の上に、そのように自らコメントしている。
モスクワでは、スターリン時代の遺産のような塔のような高層ビルを撮り続けた。それはまさに、政治的なスローガンによって建設された都市の姿なのだ。都市は単に必要性に従って形成されるのではなく、やはり時代を動かした考えやイメージが作用している。
そして、1978から80年ころに、戦前、戦後のモダニズムのミラノの工場を撮った。現在、これらの工場はすでに、取り壊され、あったとしても廃墟になっている。ミラノの郊外や周辺の街には多く見かけたものだった。それらは、思いもよらず造形的な美が発見でき、工場建築は必要性だけではなく、コンクリートのシンプルな建築美を誇っているようだ。これらの工場が稼働していた1970年代がイタリアにとっても輝かしい奇跡の繁栄と言われる時代だった。
タグ:写真 都市
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2009年11月10日

壁崩壊記念日に映画KATYNを見た

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今晩は、ベルリンの壁が崩壊して20周年になり、ヨーロッパの各地でその記念行事が行われた。TVでも、ベルリンの記念の催し物が実況中継されていた。ヨーロッパにとっては、かつてのソビエトの崩壊が大きな意味を持ち、そのことをお祝いする気持ちが良くわかる。
私は、友人のさそいで、ミラノでその記念行事とまではいかないが、そのことを記念して、アンジェイ・ワイダ監督Andrzej Wajda(1926-)の映画「カチンKATYN」(2007)の映写会に参加した。
この映画は、イタリアでは一般劇場での公開が行われなかったのではないかと思われる。カチンの森事件の真相をドキュメンター風な映画にしている。1940年のソビエトがポーランドに侵入したときに、捕虜にした将校たちを2万人近く、殺害してカチンの森に埋めた。後に、ソ連は、その事件を、ナチスドイツが行った虐殺であると、ウソの宣伝をした。映画は、その真相を描いた。主人公のポーランドの将校が捕虜になって、殺されるまでを詳しくメモで記録するところから始まり、妻と娘が、戦後の1945年以後も生き抜いて、帰らぬ夫を待つ。そして最後に、夫がのこしてメモを発見して、カチン事件の真相を知る、というもの。
映画はカラーで撮られていたのに、私のイメージでは白黒のように見えた。この映画ほど、歴史の真実を描いていて、映画が果たすことができた大きな役割を見たような気がした。映画の歴史のなかで、これまでにこれほどに重要な作品はなかったのではないか?映画は、娯楽になることもできるけど、歴史を描くこともできる、ことを知った。
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2009年11月09日

ダイエットは月曜から

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日曜のお昼は、およばれというか、友人宅で7人が集まって食事をした。友人が用意したイタリアの家庭料理と、よばれた人が持ち寄ったものだ。私は、おいしいパンとグリッシーニと栗を持参した。栗は、先日市場で仕入れたもので、圧力鍋で砂糖と塩少々でゆでた。ゆでるときに、月桂樹の葉を一緒にゆでるともっと香りがいいのよと、おばさんからアドバイスをいただいた。今度やってみる。いったいイタリアの家庭では、お客さんのときは、どんなものを食べているのか?ご紹介する。
飲み物は赤ワインと水。一般的にはビールは出ない。赤ワインは、ピアチェンティーニ地方の知り合いの自家製ワインだそうだ。渋みも酸味も少なく、ソフトで微発泡、今日の料理に良くあった。田舎の庭になっている柿もテーブルに並べられた。イタリア語でもKAKIで、昔、ニッポンから来た。イタリア人は、熟したものをスプーンですくって食べるのが好きだ。今日のは、その一歩手前の熟度だ。前采として小さな器に、からし、チーズ、酢の野菜が用意された。なぜかノリも入っていた。そして、リコッタチーズのトルタもテーブルに並んでいる。このトルタは甘くなく、塩味のトルタで、前菜としてもいける。プリモは、ポルチーニとトマトソースのスパゲティだ。かおりがとてもよかった。セコンドは、鶏の頭のところの肉を、ゆでて脂を取ったものに味付けしたもの。いわゆるコラーゲンでこりこりしておいしい。この鶏の肉、売っているわけではなく、知り合いの肉屋さんから分けてもらったそうだ。添え物は、ゆでたジガイモと野菜炒めアンチョビ添えといったところ。ニッポンと同じようにジヤガイモは用途によって使い分けるそうだが、近年はそれほどでもなさそうだ。ニョッキに合うのと、煮込みに合うものぐらいが分けられている。その間に、シンプルなホカッチャがオーブンから出てきた。写真は無い。最後は、いつものイオラIoraさんのテラミスだった。マルサラ酒が効いていてとってもおいしかった。その後は、食後酒とコーヒーで終わった。これだけ食べて、ダイエットは月曜からだそうだ。
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2009年11月08日

Frank Gehry建築展とRoger Ballen写真展

もし晴れていたら、今日はマルテサーナ自転車道を走って、確か1年前に食べた、これまでに食べた焼き栗の中で一番おいしかった栗を探しに行くつもりだった。だけど、午後から雲行きが怪しくなり、しかたなく、前からチェックしていたゲリー展を見に行くことにした。

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フランク・ゲリーFrank Gehry(1929-)の展覧会はトリエンナーレで行われている。ゲリーに関しては、以前に確かポラックが作った映画ドクメンタリーで見たことがあった。製作の現場やスケッチ、CGなど、どんな風にやっているかある程度は知っていた。この展覧会は建築の大きな模型が展示され、ビデオの解説付きだ。模型はスケッチ風なものでプロジェクトの段階でスペースを確認するようなものだった。
作品は、1997年に完成したビルバオのグッゲンハイム美術館から始まって、最近のプロジェクトまでが展示されていた。正直言って、このグッゲンハイムが作品の頂点で、あとは成作に苦しんでいるように見えた。グッゲンハイム美術館は、すごく奇抜な形をしているように見えるけど、型にはまった、整然とした構造が見える。よく考えられ、少しも破綻が無いように見える。凸面と凹面の組み合わせは規則正しく、形のルールを守っている。
しかし、その後は、近年になるほど、ルールは無く、新しい形のシステムを生み出されていない。その模索の努力の跡を見ることができるが、美しいとはいえない。残念だ。
こういう人は世界に一人居れば良いのであって、誰かがコピーをする必要はなさそうだ。

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ゲリー展のついでに、ロゲール・バーレンRoger Ballen(1950-)という人の写真展を見た。南アフリカのヨハネスブルグに30年間住んでいるアメリカ人写真家だ。久々に、写真とはこういうものか、と思った。同じテーマで、最初から最後まで、徹底して暗く、カメラの向こう側の不思議なアートに見入ってしまった。展示会場には私一人だった。やはり暗い写真は人気が無いのか?どの写真もブラックなユーモアがある。でもあまりにも暗いけど、こどもの世界とあどけないプリミティブで、笑えないユーモアが混在している。同じ世界を延々と撮り続ける。必ず、人体やその一部、動物、あどけない絵がいつも登場する。演出というよりも写真家が構成した世界を写真に撮っている。何か写真の意味深さを知る展覧会だった。

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トリエンナーレ会場は、人であふれていた。雨がふりはじめ、雨の公園を歩いて、駅に向かった。ミラノを本気で、写真に撮ろうかと、思ったりした。延々と撮り続けることに意味があるのかもしれない。
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2009年11月07日

マゼンタ通りに浮かんだ雲

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今日は、昼過ぎに街に出た。用が済んで、夕方は雨があがって、マゼンタ通りを歩くことにした。午前中の雨が、道に水溜りを作っていた。水溜りに、夕方の空が映り、道に雲が浮かんでいた。マゼンタ通りはかなり長い、端から、目的の写真の展覧会場まで、道の空を眺めながら歩いた。行き交う人も水に影が映り行く。

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展覧会は、写真家が取ったイタリアのアーティスト、というタイトルで、1960年代から最近まで、作家、絵描き、彫刻家などさまざまなアーティストの姿を、イタリアの著名な写真家が撮ったものを集めたものだ。私の知らない作家がたくさん登場していた。最初は、キリコ、次は、ジオ・ポンティと妻、そして、パゾリーニと母、最後はジャコメッリが撮ったアーティストだ。

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展覧会を見終わって、外に出たら日が落ちていた。停留所で路面電車を待っていたら、前に建物を照らす照明が、道に埋め込まれていた。前を人が通り過ぎると、大きな影が壁に映る。ウーン面白いと思っていたら、電車が来てしまった。
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posted by perabita at 09:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする